2013年12月31日、 北ルソン比日基金のアボンで シスター海野の記念日をお祝いしました
そもそも、日本人とフィリピンのルソン島北部にあるバギオ市との縁は、この日本人移民に始まりました
1903年に、マニラとバギオを結ぶための山岳道路ベンゲット道路(現在のケノン・ロード)の建設の為に、日本人労働者がやってきたのです
そして、バギオ市の建設にも日本人が多く関わり、戦前はセッション通りに多くの日本人経営のお店が並ぶほどに 日本人コミュニティーは繁栄していました
そして、太平洋戦争は、すべてを彼らから奪い去りました
戦後、フィリピン残留の日本人・日系人は、バギオよりさらに北部の山々に 日本名を伏せて隠れ住み、教育すら受けられぬままでした・・・
そこへやってきた方が シスター海野でした
シスター海野は、ルソン島北部の日系人の為に、最後は癌に侵されながらも、
様々な偉業を達成されたのです
今回は そのシスターが亡くなられて二十四回忌ということになりました
シスター海野と共に活動をされた お二人のFMM(マリアの宣教者フランシスコ修道会)のシスターから
その偉業の数々が 若い日系人や奨学生たちに 語られました
そして、戦中・戦後の苦難を経験された二世のお一人が
「日系人が日本へ働きに行けるようになったことも、シスター海野の尽力があってのことです」 と紹介されました
合掌・・・・