バギオ歴史探訪 ー バギオ映画祭より

JANLの分科会のひとつとして「バギオ歴史探訪マップ」を作ろうという分科会が出来ました。
そして、先日開催された「バギオ映画祭」をちょっと覗いてみましたところ、その案内パンフレットにこのようなページがありました。

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このページの左側には 1940年当時のパインズ映画館。
戦火をまぬかれ今もそのビルがセッション・ロードにあります。
そしてページの右下をみますと、嬉しい写真が大きく取り上げられています。

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日本人が経営していた パインズ・スタジオとジャパニーズ・バザー(1935年)です。
これはセッション通りにあって、当時のバギオの中にあっては一番大きいデパートであったとのことです。

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そして、次のページにも興味深い写真が・・・
左上はずらりとならんだハイヤーと運転手の整列。 左下は1960年のセッション通り。
右中には日本人移民が大いに貢献したケノン・ロード(ベンゲット・ロード)、
そして、右下には 戦後のバギオ・ロアカン空港の様子などが掲載されています。

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(画像の上でクリックすれば大きくなります。)
パンフレットのひとつに このナショナル・シネマ・ニューズレターがありました。
ここには映画業界と深くかかわってきた国際的避暑地バギオの様子が述べられています。

そして、バギオの人口については、
1927年の8,000人から 1939年には24,000人になったとあり、
旅行者も 22,000人から150,000人に増加したとの記述があります。

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次回から 「バギオ歴史探訪」シリーズとして、戦前にバギオの日本人小学校の生徒であった古屋氏のご協力を得て バギオの日本人関連の歴史的スポットをご紹介いたします。
 
 
 



  
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by janlbaguio | 2011-04-01 18:04 | History バギオの歴史
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