バギオ歴史探訪シリーズ- 8(完) Historical Walk in Baguio

マグサイサイ通りにあるメトロバンクの横の坂道。 これがジェネラル・ルナ通りです。
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この道をちょっと登った2~3軒目の右側に戦前は「フジ・ホテル」がありました。
「思い出はマニラの海に」には、この「富士ホテル」のことが次のように書かれています。

「シティ・マーケット広場の東裏通りに富士ホテルがある。
市内の会合に、また山奥で働く木材業者や金山会社の邦人が主に利用していた。
木造の広い建物で入口を入るとすぐ広間で、テーブルや椅子があり、ダンスも踊れるようになっていた。
奥に通ずる廊下に幾つかの小座敷もあって、日本食や日本酒が出た。
月に一、二度山奥の邦人が楽しみに出てきて、すき焼をつつき、日本酒で一晩飲み明かす場所である。」

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当時を知る人の話では、今のビルは当時のものではなく、ほぼこの辺りに狭い入り口があったとのことです。
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これが当時の入り口です。

そして、この写真が富士ホテルでの宴会風景であると言われています。
和室の造作は実に日本国内そのもののように見えます。
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左に掲げられた旗には YOUNGMEN などの英語が書かれています。

さて、手書きの地図を見ると、この坂をマグサイサイ通りに戻って、
角から4軒目くらいのところに「神戸キッチン」というのが描いてあります。
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その上の注釈を読んでみましょう。
「唯一ノ日本人レストラン。開店シテ間モナク宮井氏病没シ、支那人レストラン。 
程ナクシテ ダンワトランコ ノ事ム所トナル。」
とあります。
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一本路地があって、その路地から3軒目のようですので、「神戸キッチン」の場所は、おおよそこの辺りではないかと思われます。 ジョリビーがありますね。


そして、この歴史探訪シリーズの最後の場所、
日本人小学校がバーンハム公園の傍から移転した先であるマグサイサイ通りのロクバン
(LUCBAN)に行ってみましょう。

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バギオ・センター・モールの前の横断歩道橋の交差点を左折して
どんどん道なりにゆっくりと10分間ほど歩きます。
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これもダラダラと下ります。
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ちょっと見えてきたのがイグレシア・ニ・クリストの教会。
これも道なりに下ってください。
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しばらく歩くと、左側にイグレシア・ニ・クリストの教会。

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そして、その先の右側にエピスコパル教会(Episcopal Church)があります。

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その左側、教会の前にビレッジ・イン(VILLAGE INN)があります。

このビレッジ・インは、日本人小学校に隣接していた西本願寺のお寺兼幼稚園で、
この建物の左半分ほどには昔の面影が残っているそうです。
叉、この二階には寄宿舎があったとの話です。
お寺の住職は立花先生で、奥様は幼稚園の先生でした。

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さて、これはなんでしょうか。
ビレッジ・インから少し戻ったところに この門扉があります。
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この門扉に似ていますか ?

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はい、これこそが、昔の日本人小学校の正門だったのです。

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今は、なんと 昔の小学校の正門の上に、ナイト・クラブの看板が掛かっています。

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門の中を覗きこんで見ますと、火災で焼け落ちたような跡がそのままになっています。

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1938年 ? と書かれた日本人小学校の写真。
このような立派な日本人小学校が 戦前のバギオにあったのです。
そして、この小学校も戦争末期の空爆で焼失したとのことです。


皆様、いかがでしたか?
バギオの中心部を Kisad Road, Burnham Park, Harrison Road, Governer
Pack Road, Session Road, そして Magsaysay Road と散策して来ました。

戦前の日本人コミュニティーの繁栄ぶりを感じていただけたでしょうか。
そして、戦争の悲惨な結末にも想いを馳せていただければ望外の喜びです。

このシリーズを書くにあたり、相談に乗っていただき、ご指導をいただきました
古屋英之助様に御礼を申し上げます。


バギオ歴史探訪シリーズ (完)

(一旦シリーズを終了しましたが、その後の追加情報を (9)から再開しています。)

     
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by janlbaguio | 2011-09-22 20:15 | History バギオの歴史
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