バギオ歴史探訪シリーズ (9) 追加情報  市役所周辺

バギオ歴史探訪シリーズは (8)までで一旦終了しておりましたが、
戦前にバギオの日本人学校に在籍していた古屋様と同校の同窓会のご提供で
さらに情報が寄せられましたので、少しずつご紹介していきたいと
思います。

今回は、バギオ市役所の周辺を散策します。

まずは前回のシリーズ2 をご覧ください。
http://janl.exblog.jp/13538369/


この HERITAGE MANSION に関する情報です。

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現在はホテルとなった建物のホテルの受付に、このような写真が
飾られています。
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この写真の下の説明書きには、以下のようにあります。
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「ミュラー邸は 建築家アルセニオ・ヤンドックによって設計され、
熟練した日本人の大工達によって1930年代に建築されました。
第二次世界大戦中は日本人によって軍司令部として使用され、
後には戦後のアメリカによって司令センターとなりました。
1940年代末にミュラー・ホテルとして開業し、1960年代初頭には
D'Marksイタリアン・ピザが短い期間ですが入っていたことがあります。」

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尚、この説明には書いてありませんが、当時を知る古屋氏によれば、
この邸宅は日本領事館として利用されていたとのことです。

又、別の書籍の記録では、現在のバギオ市役所の中に日本領事館が
あったとの話もあります。

上記に軍司令部という言葉が出てきていますが、
日本の「軍政監部」は 現在の Baguio Central School にあったとのことです。
(軍政監部は、軍政部とも呼ばれ、軍事組織の下に行政をおこなう機関だったそうです。)

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現在のバギオ市役所の向かって左側にある この学校です。

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 この写真は、バギオ日本人学校同窓会のご提供によるもので、
「軍政監部北部ルソン支部」とあります。

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「Baguio Central School 日本軍はこの建物を押収、 軍政監部呂宋支部
として使用した。  徴用された多くの邦人がここで働いていた。」

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「昭和18年 
軍政監部は11月末解散、現地徴用軍属、現地除隊軍属は解雇されたので 
その直前撮影された写真? 」

注: 上記の古い写真の説明文「・・・」は、バギオ日本人学校同窓会の方による
   コメントです。


このシリーズの中の古い写真につきましては、「バギオ日本人学校同窓会」の
提供によるものですので、転載などは固くお断りいたします

 
 
 
 
 
 
 
 


 

 
 
 
 
 
 
 
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by janlbaguio | 2012-09-27 14:41 | History バギオの歴史
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