バギオ歴史探訪シリーズ (11) 市役所周辺

1903年に ケノン道路建設の為に日本から移民してきた第一陣
中に、三重県出身と思われる加藤さんがいて、子どもに伝えた話という
のがあります。

その話によれば、バギオ市の建設が始まった当初に、加藤さんは
大工のグループの一人として、バギオ・シアターや バーンハム公園から
市役所へ向かう道路沿いのいくつかの建物を作ったとされています。

そのひとつが プロテスタント教会だとされていましたので、
当時をご存じの写真家の古屋さんにお尋ねしたところ、この教会に
案内いただきました。
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これは、バーンハム公園からバギオ市役所を写したものですが、
この右側を見ますと。
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このような教会が建っています。

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この教会の現在の建物は建て替えられたもので、当時の教会の
建物には、大きなステンドグラスの窓があったのだそうです。

さて、上記の加藤さんですが、
その後1930年代に マンカヤンにあるスヨク鉱山やレパント鉱山
の周辺で、鉱山関係の建物や製材所などの建築に、大工グループの
一員として働いたそうです。

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また、同じ加藤さんかどうかは不明ですが、
こちらのサイトに掲載されている サウス・ドライブの道沿いにある小さな鳥居も
加藤さんが作ったものだという話です。
http://baguiotour.exblog.jp/10111008/


ところで、北ルソン比日基金(アボン)が発行した
Japanese Pioneers in the Nothern Philippine Highlands という
写真集の巻末にある日系人リストによれば、
英文でのリストの一世の頁に6名の「Kato」の名前があって、
和文でのリストの「加藤」には4名の名前があるのですが、
和文のリストの出身県欄には この4名が福島県と神奈川県とありますし、
職業欄には 養蚕や農業となっていますので、 大工である加藤さんは
あとの2名のうちの 加藤エイキチ あるいは 加藤ワイチ の
いずれかの話ではないかと思われます。
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by janlbaguio | 2012-09-27 18:01 | History バギオの歴史
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