The 3rd Asia Pacific International Peace Memorial in Baguio

第3回アジア太平洋国際平和慰霊祭がフィリピン・バギオ市で開催されました。
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開催日は太平洋戦争の日比開戦となった12月8日。
会場は、フィリピンに日本軍機による最初の爆撃があったキャンプ・ジョン・ヘイ。

真珠湾攻撃は
「ハワイ現地時間12月7日の朝7時10分(日本時間8日午前2時40分)」。
フィリピン・バギオ市の キャンプ・ジョン・ヘイへの攻撃
12月8日の午前8時19分だった、とされています。

爆撃当日の記憶を、当時バギオにいた日本人はこのように語っています。
http://janl.exblog.jp/16434949

「思い出はマニラの海に」郡司忠勝著 三月書房より抜書き
http://janl.exblog.jp/11946841/


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日本や台湾からの参加者も献花を行いました。
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今年の平和慰霊祭には、ベンゲット州国立大学、セントルイス大学、フィリピン大学
バギオ校の社会学部などの学生さん達が参加。

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線香を焚き、野外円形劇場を取り囲むように立てます。
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日本人参加者の皆さんは、折鶴をお供えしました。

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午後は、会場をフィリピン大学バギオ校の講堂に移して、
同大学の教授による 北部ルソン山岳地帯における太平洋戦争の歴史についての
講義が行われました。
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又、今年の特別講義は、北ルソンの日系人団体の理事長であり、元バギオ名誉総領事であるカルロス寺岡氏のインタビュー映像、そして同団体の理事のお一人である
ヒルダ山下タダオアン夫人によるものでした。
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タダオアン夫人の講義は、フィリピン大学で歴史学を学ぶ学生たちや教授、
日本、台湾、韓国、そして中国系の皆さんを前に行われ、
日系2世である夫人は、特に戦後の厳しい生活などに触れ、迫害という環境の
中で、必死に勉強し乗り越えてきたことをお話になりました。
感動的な話に満場の拍手が湧き起りました。

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その後には、台湾からの招待客によるレクチャーや、
戦争当時の経験者である日比双方の証言ビデオが紹介されました。
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尚、12月9日午後には、同じフィリピン大学バギオ校で、 
韓国人、中国系フィリピン人、日本人などによるレクチャーや
日比双方のドキュメンタリー映像が紹介される予定になっています。


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8日のフィリピン大学バギオ校でのフォーラムには、バギオ市の韓国人会の
新しい会長も姿を見せられ、熱心にレクチャーに耳を傾けていらっしゃいました。
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(写真左がバギオ韓国人会会長 David Kang氏、右は北ルソン日本人会代表)


最終日の12月9日には、同じくフィリピン大学バギオ校でのフォーラムが
続けられ、様々に議論が進められました。

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今日のメイン・スピーカーは、戦前からバギオ在住中国系フィリピン人の
著名な医師、大学教授の方でした。

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フィリピン大学の学生に加え、日本人や韓国人の皆さんも参加。

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活発に質疑応答が行われました。

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英語留学中の韓国人女性からも、自分の経験からのスピーチがありました。


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下記は、主催者によるイベントの案内です:
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 第3回アジア太平洋国際平和慰霊祭およびフォーラム開催のお知らせ
(右でも左でもなく、私たちは前に進みたいと思います) 
http://blogs.yahoo.co.jp/lubongbaguio2

日本は1941年12月8日にアジア太平洋戦争、別名大東亜戦争を開始しました。そして1945年の終戦からすでに67年が過ぎました。当事者たちが次々と他界しその実態がやっと語られ始め、長かった戦後が終わろうとしています。あのアジア太平洋戦争とはいったい何だったのでしょうか。23カ国以上を巻き込んだ大戦で亡くなった人の総数は、少ない総計でも2,199万6千人(日本側の総計)という数字があります。そのうち日本の民間人は80万人。日本兵は230万人でその多くが飢えによる餓死だったと言われています。

当事者だった人々はこの世を去ろうとしています。しかし戦後生まれの私たちは、日本が当事者だったこの戦争のことを何も教えられていません。 何も知らない日本人は果たして今後アジアの人々と平和を築いて行けるのでしょうか。良識のある日本人を次の世代に引き継ぐために、私たちはこの慰霊祭とフォーラムを行います。 戦争の実態を知り、そこから教訓を学ぶことにより、犠牲になったすべての死者たちを慰霊するのがアジア太平洋国際平和慰霊祭とフォーラムです。 どうぞこの機会に戦前から日本とゆかりの深い山岳都市バギオにぜひお越しいただきたく、ここにご案内させていただきました。

 フィリピンは300年以上スペインの植民地でした。そしてアメリカが40年、続いて日本が3年間支配したとフィリピンの歴史書には記載されています。 フィリピンでは真珠湾攻撃の数時間後にバギオの米軍キャンプとスービック空軍基地が奇襲され、フィリピンにおけるアジア太平洋戦争が開始されました。フィリピンでの戦争は3年9ヶ月に及び、日本の兵隊52万人が亡くなりましたが、フィリピン人はその倍の110万人が亡くなっています。フィリピンの山下大将が投降したのは1945年9月2日、その間におびただしい数の日本兵が飢えと病気で亡くなったと言われています。この国際平和慰霊祭及びフォーラムは日本軍が奇襲攻撃した12月8日に、空爆されたバギオの元米軍キャンプにて、フィリピン人、日本人、中国人、韓国人ほかの戦後世代の人々が一堂に会して行われる慰霊行事です。


NPO法人サルボン 今泉光司 lubongbaguio@yahoo.co.jp
111-0041東京都台東区元浅草4-8-5、℡03-3843-0877
フィリピン63-93-0312-4185, #94Lubas,La Trinidad, Benguet 2601 Philippines

庭野平和財団20012助成事業 慰霊祭のブログ http://blogs.yahoo.co.jp/lubongbaguio2/
それ以前と以降はフィリピン093-0312-4185で今泉が応対いたします。
 
 
 
 
 
    


      


 
 
    








 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 

 

 

   
   


   

   
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by janlbaguio | 2012-12-08 23:48 | Neighbers ご近所情報
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