フィリピン・バギオ市Camp John Hayの アメリカ大使館 動画

たまたま発見したお宝映像です。
フィリピン・バギオ市の中に、元米軍基地であった キャンプ・ジョンヘイがあって、
この敷地のほとんどは市民および観光客の憩いの場となっているのですが、
この場所だけは一般公開はされていない場所。

バギオ市の中にある 「アメリカ大使館」 の建物です。

こちらのYOUTUBEで 動画での説明がありましたのでご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=wzY4vZD5kdc

この動画の中で、この建物がどのような歴史を辿ってきたかの解説がされています。

なぜこの建物が歴史的な意味を持っているかといいますと、
ここで第二次大戦の 日本・フィリピン戦が 山下奉文大将による正式な降伏文書への
署名によって終結したからです。

山下大将は、1945年9月2日に イフガオ州の山を下りてキアンガンの町で実質的な
降伏を行い、翌日9月3日にバギオ市のこの建物で公式文書に署名したとされています。

第二次大戦中に日本軍によって接収された このキャンプジョンヘイは、
フィリピンにおける日本とアメリカの戦争が始まり、そして終わった場所とも言われています。


貴重な映像を是非 ご覧ください。


キャンプ・ジョンヘイについては、こちらの英文のサイトに解説があります。
http://en.wikipedia.org/wiki/John_Hay_Air_Base

このサイトの情報には、以下のような記述があります:

Camp John Hay may have been the first place in the Philippines bombed by Japan in World War II. At 8:19 a.m. on December 8, 1941 – December 7 on the Hawaii side of the International Date Line – seventeen Japanese bombers attacked Camp John Hay killing eleven soldiers, American and Filipino, and several civilians in the town of Baguio.

<翻訳>
キャンプ・ジョンヘイは第二次大戦において、日本によるフィリピンへの爆撃が最初に行われた場所であったかもしれません。
1941年12月8日午前8時19分ー日付変更線のハワイ側では12月7日ー 17機の日本の爆撃機がキャンプ・ジョンヘイを襲い、米比の兵士11名、及びバギオの町の市民数名が死亡しました。


尚、山下奉文大将については こちらのサイトでご参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E5%A5%89%E6%96%87




    




    




        

     
    



    



     



      

  


   



  
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by janlbaguio | 2013-08-13 23:51 | History バギオの歴史
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