日本の夏、祈りの夏 - カリラヤ日本人戦没者慰霊祭


フィリピン最大の湖ラグナ湖がマニラの南東に広がっています。 マカティから車でおよそ三時間、そのラグナ湖の東岸にあるパグサンハン(Pagsanjan)へ、そしてそこからさらに北東へ10キロばかり行くとブラックバス釣りやウインド・サーフィンで有名な カリラヤ
(Caliraya)
 の人造湖があって、その先にJAPANESE GARDEN(日本庭園)があります。 この地域はマニラやバギオではほとんど感じない鬱蒼とした南国の緑に覆われた「フィリピン」を改めて感じるところです。
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この庭園は日比両国の協力によって昭和51年に造られた庭園で、昭和48年に既に建立されていた 「比島戦没者乃碑」 があります。
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8月15日の終戦記念日にあわせて、在フィリピン共和国 日本大使館主催の日本人戦没者慰霊祭 が例年通りにラグナ湖の東岸にあるカリラヤ(Caliraya)慰霊園にて開かれました。
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日本大使館からの案内には「比島戦没者乃碑」の昭和48年(1973年)建立以来、本慰霊祭は日比両国の戦没者を悼むとともに、両国の平和と友好を記念するため、当館主催の下、毎年8月15日の終戦記念日に実施しています。」とあります。
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運よく日本の暑い夏を思わせるように晴れ、慰霊祭は午前9時半から一時間ほど、滞りなく行われました。
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バギオで北ルソン日本人会(JANL)を結成して初めての祈りの夏。
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バギオそしてさらにルソン島北方山中での激戦、バギオ陥落後の逃避行、悲惨な飢餓地獄の中に倒れて逝った方々を含めフィリピン全土で50万人と言われる日本人の民間人、将兵の霊はもとより、米国人戦没者、そしてその両国の間で国土を蹂躙され無念の内に犠牲となった100万人とも言われるフィリピン人の御霊に深い祈りを捧げます。
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ちなみに、フィリピン戦を指揮した山下奉文大将が正式に降伏文書に署名したのは昭和20年9月3日(1945年)、バギオのジョン・ヘイに於いてとされています。
この 9月3日は バギオではフィリピンが解放された  「山下降伏
記念日」
 となっています。



追記:
慰霊祭の中で、フィリピン人のコーラス隊による日本の唱歌などが歌われましたが、その曲の中でも「千の風にのって」は胸に迫りました。
今でも、人知れずフィリピンの土となっている彷徨える日本人の御霊に「安らかに」と祈らずにはいられません。

 
(2008年8月15日) 
 
 
 
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by janlbaguio | 2008-08-16 21:33 | Neighbers ご近所情報
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