プレス・リリース  日比国際平和演劇祭

JAPITAC からのプレス・リリース>

演劇を通して、
ケノン・ロード建設の国際労働者たちに
想いを馳せる



『ケノン: 国際平和と調和への道』は、三幕からなるミュージカル仕立ての演劇であり、ケノン・ロード建設に関する出来事を未来に残すことを意図しています。 フィリピンはマウンテン州の芸術監督である ベントゥーラ ビトット氏および同氏の山岳民族劇団である オボン ディ マラヤド によって書かれた脚本に基づくもので、2009年9月3日にバギオ・コンベンション・センターに於いて、フィリピンの夏の首都とも言われる高原避暑地バギオ市の市制100周年記念事業として上演されます。

  日比国際平和演劇祭実行委員会(JAPITAC)はバギオ100年祭委員会と協力して、この演劇製作を主導しています。 JAPITACは、北ルソン日本人会(JANL)の代表である小国秀宣氏が委員長を務め、演劇製作における日本人演劇人の支援の為 日本の国際交流基金と双日国際交流財団に支援を仰ぎ、一方フィリピン側では相当額を地元の民間や個人からの支援に求めています。

日本人演劇人及びオボン・ディ・マラヤド劇団に加え、ベンゲット州国立大学 文化芸術センター(センター長 エドナ A. チュア博士、 演劇部コーディネーター ノーマ S. マヨス博士 及び ジャネット B. メデ女史)が JAPITACに参加を表明しました。

 稽古とリハーサルのプログラムは 日本の舞台演出家 吉田智久氏 及び ベントゥーラ ビトット氏が 北ルソン日本人会の助力を得て実施します。 JAPITACは日比双方から この製作に関わるアーティストを招聘しました。 叉、北ルソン比日基金の事務局長 レオポルド S. エスカニオ氏には この演劇の製作を支援する様々なご協力を頂いています。

  この演劇の上演は、来る九月のバギオ100年祭の一大イベントに留まらず、第二次世界大戦フィリピン戦での山下将軍降伏の記念日、あるいはバギオ平和祈念日とも言えましょうか、 そしてさらには、有名なケノン・ロード建設の多くの日本人を含む国際労働者たちへの敬意を捧げるものとなることでしょう。

  この演劇は次のようなことを想い起こさせる、大切な価値ある表現となるでしょう

ケノン・ロードの建設は、異なる国々からの労働者たちの間に友好の絆を生み出したばかりではなく、コーディリエラ(北ルソン山岳)地域における様々な民族の調和を集中的に形成しました;

アメリカ植民地時代のケノン・ロード開設は、マニラのアメリカ人政府職員の為に、夏の期間新鮮な空気の中で快適に仕事が出来るよう、冷涼な都市型リゾートを提供することが主な目的でした(夏の首都と言われる由縁)。 予想外に、其の事が、コーディリエラ地方の人々を平和、相互理解、そして調和の都市となる、地域の中心都市バギオの建設へと向わせたのです;

ケノン・ロードは地域全体の開発、鉱山、百花繚乱の産業、そして北部フィリピンの教育の中心都市の開発へと拡大していったのです;

叉、演劇は イバロイ民族のリーダーであった 故マテオ カリニョの キャンプ・ジョン・ヘイを巡る彼の先祖所有に関わる法廷闘争も表現します。 キャンプ・ジョン・ヘイはバギオ市内のアメリカ軍保養施設なのですが、結局 アメリカ最高裁判所は彼の勝訴を認め、 良く知られている カリニョ・ドクトリンが全世界の先住民に恩恵を与えることになったのです;

最後に、そして少なからず、およそ46カ国の人々からなる建設労働者たちの利己的ではない協力、特に労働者の約22%を占め、イゴロット(山岳民族)の人々と共により高い、険しい岸壁に配置され、仕事の尊厳と多くの命と身体を分かち合った日本人たち、それに 現場監督に監視されなくとも良く働き、大きな信頼と誠実さを示した良く知られたイゴロットの人々を表現します。

  結びにあたり、この演劇は、地元政府およびフィリピン政府、並びにケノン・ロード沿線の住民、そして関係者の皆様に、 友好ハイウエイとしてケノン・ロードの壮大な自然を再生し、叉 国際平和と調和の国際的遺産としての推進に挑戦することを勇気付けるものとなることを 申し添えます。


ベントゥーラ ビトット & 日比国際平和演劇祭実行委員会
2009年7月16日

(英文によるプレス・リリース原文は バギオ100年祭委員会を通じて発表されます。)
[PR]
by janlbaguio | 2009-07-19 01:38 | JAPITAC 日比平和演劇祭
<< 沖縄三線の夕べ A Night... Japanese Film F... >>