<   2009年 04月 ( 11 )   > この月の画像一覧

バギオ陥落 vs バギオ解放  in 1945


1945年、バギオ守備の日本軍。
a0109542_2357472.jpg

ラ・ウニオン州からバギオ市へ登る道、ナギリアン・ロード。
そのバギオへもう一息のところにあるイリサンの町。
その谷に掛かる橋の向こうで バギオの守備につく日本軍の戦車。
a0109542_012844.jpg

この橋の右側が 日本軍。 右の山肌には 穴を掘り、日本兵が米軍の反攻に備えていたと 元日本兵の方に伺いました。
a0109542_045476.jpg

ケノン・ロードでの 日本軍の頑強な守備に、急遽戦略を変え、ナギリアン・ロードから「バギオ解放」へと向う米軍の戦車。 ナギリアン・ロードで 双方が激闘を繰り広げたのが このイリサンだったのです。
このイリサンからバギオまでは 車で30分ほど。
日本軍は大慌てで 4月16日に ケノン・ロードの守備に当たっていた部隊を ここに振り向けたそうです。
この後、1945年4月24日に 日本軍のバギオからの「転進」つまり撤退命令が出されたのです。

この時、バギオの陥落から、日本軍と日本人、日系人などの 北部山岳地帯への逃避行が始まり、9月3日のジャン・ヘイでの山下大将の降伏文書署名まで 飢餓地獄が続くことになります。

a0109542_0155392.jpg

上の写真は全て この 国際プラモデル協会バギオ支部 が作った ジオラマを撮影したものです。
この展示は バギオ市制100年祭イベントのひとつとして、SMバギオの地下一階で2009年4月30日までの2ヶ月間公開されました。


この関連記事は こちらにも御座います。
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-30 00:07 | History バギオの歴史

JAPITAC 演劇祭第一回WS中間発表 VOCASで


4月27日(月)、バギオの芸術空間VOCASで、日比国際平和演劇祭 第一回ワークショップの 中間発表会が開かれました。
a0109542_0552887.jpg


日本からの演劇人と、マウンテン州、カリンガ州、イフガオ州、ベンゲット州、そしてバギオ市からの地元の演劇集団が歴史を共有しながら共同制作の試行錯誤。 それぞれの持ち味をいかに舞台の上に出していくかの オーディションを兼ねてのパフォーマンスが繰り広げられました。
a0109542_0574537.jpg

一週間のワークショップの中で、やっとお互いのコミュニケーションが取れるようになってきた日比のアーティストたち。 言語の違いを乗り越えながらの悪戦苦闘のパフォーマンス。
a0109542_111798.jpg

今回の発表は 「ケノンロード:世界平和と調和への道」の大筋のストーリーの確認と、短編小説「ソルヴェイグの歌」を題材にしての それぞれ30分ほどの舞台稽古です。

a0109542_1554100.jpg

「ケノン・・」は、日系人の女性が 一世や二世が歩んできた道、ベンゲット道路(ケノン・ロード)建設やバギオ建設に力を尽くした歴史を歩む内容。 劇作家Ventura Bitot氏による作品。

a0109542_18125.jpg

もうひとつの「ソルヴェイグの歌」は、第二次大戦中のバヨンボンの町で実際に起こった話を元に創作された短編小説(させ たもつ著)の舞台化です。
a0109542_114563.jpg

「ソルヴェイグの歌」については こちらで その内容をご参照下さい。


この第一回ワークショップの後半は、 さらに参加者の範囲を広げる為に、北ルソンに於ける日系人の団体である 北ルソン日比基金の協力を得て、日系人及び地元の若者たちの演劇人材の発掘を進めることになっています。

日比国際平和演劇祭の企画の全体像については、 このサイトの右側にあります「カテゴリ」の中から 「JAPITAC 日比平和演劇祭」をクリックしていただきますと、関連のページを見ていただくことが出来ます。
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-28 01:14 | JAPITAC 日比平和演劇祭

JAPITAC ワークショップは 歴史の勉強


2009年9月3日に JAPITACが上演するのは ケノン・ロード(ベンゲット道路)建設に関わった日本人移民の歴史。 バギオを始めとする周辺の町の発展につくし、繁栄し、そして戦争で全てを失う日本人、日系人の時代の流れを、フィリピン人やアメリカ人との関係の中で、 平和を求め、祈念する演劇へと創りあげます。

ワークショップの参加アーティストの皆さんは、日系人の方から話を伺うことから始めました。
a0109542_2337231.jpg

日本人と言うだけでも大変な時代。 それが「ヤマシタ」と言う事になればなおさら・・・
a0109542_23375310.jpg

ヤマシタさんの父上は サガダで教会などの建設に携わった石工だったそうです。

そして、バギオ・マウンテン州博物館で展示中の歴史写真を見学し、 キャンプ・ジャン・ヘイの「歴史の小道」を歩きます。 
a0109542_2341241.jpg

キャンプ・ジャン・ヘイの スカウト・ヒルや メス・ホール辺りに 1941年12月8日 真珠湾攻撃と同じ日に 日本軍の爆撃があったこと。 ジャン・ヘイが捕虜収容所になったこと・・・
a0109542_2346411.jpg

キャンプ・ジャン・ヘイは 1903年からの歴史を持っています。 おそらくこの家や庭園では 日本人移民の石工、大工、庭師などが腕を振るったことでしょう。

ボタニカル・ガーデンでは、日本軍が掘ったと言われている防空壕を見学。 そしてその後に向ったのは・・
a0109542_23533245.jpg

マンション・ハウスを過ぎ、マインズ・ビュー・パークの下へと ずんずん降りて行くと、山深い谷へと道が続きます。

a0109542_23564588.jpg

50分ほどジプニーで山を下っていくと、 イトゴンの退役軍人のミニ・パークがありました。
a0109542_002121.jpg

「PFC LUISが 6人のジャップを撃った。」  生々しい記録が ここに残されています。
a0109542_034689.jpg

a0109542_042823.jpg

この 戦争ミニ・パークを御自宅の庭に作ったのは このカランテス氏。
a0109542_054831.jpg

この方は その奥様。 85歳だとか。 カランテス氏は入院とのことでお話は伺うことが出来ませんでした。

このカランテスさんの話、詳細については、 環境NGO コーディリエラ・グリーン・ネットワークのサイトでもご覧下さい。
http://cordillera.exblog.jp/9921753/
a0109542_0105636.jpg


次にジプニーで乗り付けたところは、ここ。  ドミニカン・ヒル
最初は 修道院のサナトリウム(末期患者の療養所)として造られた建物。 日本人の石工や大工も関わっていた建物です。 そして、その後 ディプロマット・ホテルとなり、 その後ホテルが営業を止めると廃墟となり、バギオ大地震の被害もありました。
ホテルであった頃から幽霊の噂があり・・・
a0109542_016163.jpg

地元でも有名な 幽霊の名所ともなっているのです。
詳しくは こちらの JANLメンバーのブログでどうぞ。
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2009/03/dominican-and-m.html
a0109542_0182289.jpg


そして 最後に足を運んだところは バギオ市営墓地。 日本人墓地です。
ケノン道路やバギオの建設に関わった日本人の名前が その出身地とともに 記録されています。
a0109542_020166.jpg

これが この共同墓地の記念碑です。  ケノン道路建設の生き残りであることなどが記されています。
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-25 23:46 | JAPITAC 日比平和演劇祭

いよいよ 第一回ワークショップ開始 JAPITAC


JAPITAC(日比国際平和演劇祭実行委員会)の第一回演劇ワークショップが バギオのアボン会館(北ルソン比日基金)で始まりました。

バギオ100年祭の大型イベントの一つとして 2009年9月3日(山下将軍降伏記念日と地元では呼ばれている) に公演を予定している演劇祭準備の為、日本からプロの演劇人がバギオ入り。 コーディリエラ(山岳地域)の山岳民族演劇グループとの共同制作です。

a0109542_2132998.jpg

第一回のワークショップに集まったのは いずれも仕事の合間を縫って、忙しい中を駆けつけていただいた皆さん。 8月の最終時には 40~50名の規模になる予定です。
フィリピン側は マウンテン州の芸術監督である Ventura Bibot氏が率いています。
a0109542_21381120.jpg

まずは、アルゴリズム体操で 身体と心をほぐしていきます。
日本側の演出総監督は 吉田智久氏

a0109542_21382940.jpg

今回上演するミュージカル劇は 「ケノン・ロード:世界平和と調和への道」。
ケノン・ロード(旧名ベンゲット道)の建設が始まった 100年以上の歴史を下地にしています。
この写真は、 第二次大戦中 日米軍が激突した ナギリアン道路のイリサンで撮影。 背後の山肌には 日本軍が塹壕を掘り、アメリカのシャーマン戦車を迎え撃ったと元日本兵の方から聞きました。

a0109542_21561243.jpg

そして向ったところは 「日比友好平和之碑」 がある ラ・ウニオン州アゴオの町役場。
この辺りは 日本軍が上陸した場所のひとつでもあるのです。

a0109542_2215322.jpg

ここは そのアゴオの海岸。 ひっそりとした漁村にも 戦争中の話は今も残っています。 リンガエン湾一帯は、 1941年に日本軍が侵攻。 1945年には米軍が数百の艦船で海を埋め尽くしたのでした。

a0109542_2243788.jpg

同じアゴオで、これはバナナ畑とテラピア養殖池。
100年前、まだ 日本にはバナナが庶民にまで知られていなかった頃。 はじめてバナナを見た日本人移民は このバナナを見て どういう思いを抱いたのだろう・・・ そんなことをアーティスト全員で考えてみる為の「バナナ観察」です。

a0109542_2265785.jpg

いよいよ ケノン・ロードを登ります。 ケノン・ロードには 山の麓から 建設当時の飯場にキャンプ1からキャンプ8までの名前が付けられました。 ここはキャンプ2の温泉があるクロンダイク。 道路建設の日本人移民がこよなく愛したのがこの温泉でした。 お邪魔したのは、今その温泉リゾートのオーナーである スミス夫妻のご自宅です。 「クロンダイク」と言う名称は アラスカのクロンダイク・ゴールド・ラッシュの時にそこで仕事をしていた人物が、バギオにやって来たので、その人物がクロンダイクと呼ばれていたことが由来だそうです。  このスミス氏は 父上が1935年にこの温泉リゾート開発を始めたその翌年に生まれたとの話です。 父上が この地に来たのは、今は観光地となっているバラトック鉱山の仕事の為だったとか。

a0109542_22441329.jpg

そして、クロンダイクから2キロほどブエド川上流に行くと、ここが トゥイン・ピークスのハイ・スクール。
a0109542_2246428.jpg

ケノン道路建設の歴史を書いた本によれば、このTWIN PEAKSという村は 建設当時は 日本人店主を含め、建設労働者向けの商店などで賑わったとあります。

a0109542_22481561.jpg

この慰霊之碑は キャンプ3の橋のたもとにあります。 バギオを目指す米軍が 食糧も満足になかった日本軍と激突したのがここ。 いくつかの小説の舞台ともなっている実質的に最期の攻防戦の場でした。 ここでの日本軍の決死の抵抗に、米軍は方針を変えて、ナギリアン・ロードを進攻することに決めたのだそうです。
そして、米軍はナギリアン道路から バギオを「解放」したとあります。

a0109542_22552792.jpg

演劇祭のアーティスト達が ケノン・ロードの歴史をなぞりながら 辿り着いたのが ここ キャンプ7の展望台です。 この辺りはおおよそ標高1,200メートルくらい。 夕暮れ間近の雨のそぼ降るケノン・ロードは、眼下に雲が漂い、建設労働者としてやってきた日本人移民の労苦を思い起こさせる光景でした。

a0109542_2304923.jpg

この CAMP7の Kennon Road VIEW DECK で 参加者全員で 「ふるさと」 を日本語で歌った後、フィリピン人アーティスト達が歌い始めたのが ミュージカルの中で 日系人の女性が歌う一曲でした。 「私は何者なのだろう・・・」


(4月22日報告)







[PR]
by janlbaguio | 2009-04-22 21:43 | JAPITAC 日比平和演劇祭

Open ! Baguio - A Melting Pot exhibition 展示開幕 


Baguio - A Melting Pot Exhibition was opened at 10am, Saturday, April 18, 2009. The showing period will be until the end of June, 2009.
バギオ市制100年祭協賛の バギオ・マウンテン州博物館の第2四半期の展示 
「バギオ - 人種のるつぼ」展が 2009年4月18日に開幕しました。 6月末までの展示期間となっています。

a0109542_19445839.jpg

The Opening ceremony was attended by Congressman Domogan, Mayor
Bautista, and Baguio Centennial Commission Chairman Bautista, etc.
開会式には ドモガン下院議員、 バウティスタ市長、バウティスタ 100年祭委員会議長などが参列しました。 ドイツ人が司会役。 ヨーロッパ系、アメリカ、インド、イスラム系、そして地元の民族グループなど。


a0109542_1950088.jpg

There are many representatives from Foreigners' Community・・・。
開会式には、 バギオの多くの外国人コミュニティーから代表する人たちが参加しました。
この方達は インドの代表です。  
a0109542_19522048.jpg

Chinese community and Japanese community attended, too.
Filipino-Japanese Foundation of Northern Luzon and Japanese Association
in Northern Luzon(JANL) represented Japanese community in Baguio city.
もちろん、中国人コミュニティーや日本人コミュニティーも参加しています。
日本人コミュニティーは、 北ルソン比日基金の方々と 北ルソン日本人会のメンバーが代表参加しました。

a0109542_1959353.jpg

Arnel Banasan's group represented Kalinga, and did Innvocation and Intermission musics.
アーネル・バナサンのグループは カリンガ族を代表していますが、 この山岳民族音楽グループが 開会のお祈り、及び インターミッションでの音楽を披露しました。

a0109542_204823.jpg

Japanese community did Bon Odori Dance performance, joined by Japanese ladies who are studying English in Baguio.
日本人コミュニティーは 盆踊りを披露しました。 英語留学中の女性にもボランティア参加をお願いしました。


a0109542_2051744.jpg

The opening ceremony was recorded by ABS・CBN Baguio and it is
scheduled to be broadcasted at 5:15pm, Monday, April 20.
このオープニングの模様は ABS・CBNテレビが収録し、4月20日(月)午後5時15分のニュースで放映される予定だとのことです。

a0109542_2010425.jpg

On the 1st Floor of the Museum, the Photo Exhibition is telling " the History of Baguio is the history of foreigners & local tribes".
博物館の一階では、 バギオの100年の歴史に貢献してきた 外国人と地元の民族の歴史を語っています。

a0109542_20165417.jpg

Young lady is the 1st Queen of Baguio Festival in the early years of the
Baguio history.
この衣装の女性は、写真の中の バギオ祭りの初代女王を模しています。

a0109542_20234993.jpg

On the 3rd Floor, you can visit Japan instantly.
さて、いよいよ三階です。  立派に展示された 日本の展示室をお楽しみ下さい。

a0109542_20263760.jpg

Koto Harp from Japan, Cordillera inspired Kimono, Hina Dolls, etc., are
displayed.
日本から来た 琴、 コーディリエラ着物、 雛人形、などが展示されています。

a0109542_20285611.jpg

Origami paper crafts are also decolated with the Photo of Hiroshima.
千羽鶴などの折り紙作品が 広島の原爆ドームの写真とともに飾られています。

Please visit and enjoy the Historical photos together with these Japanese
traditional art works, etc.
バギオ周辺での日本人の100年の歴史を物語る写真とともに、これらの展示物もお楽しみ下さい。


a0109542_20323043.jpg

On the 4th Floor of the Museum, you can visit Chinese exhibition.
博物館の4階には 中国人コミュニティーの展示が開かれています。
是非 興味深い中国の展示もお楽しみ下さい。

a0109542_2304635.jpg


尚、 この博物館は、 ガバナー・パック通りと ハリソン通りの交差点にあります。
University of Cordillera(UC大学)の向い側の角です。



(2009年4月18日)
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-18 19:54 | Activity 活動内容

日本の歴史をフィリピンから見る: バギオ・マウンテン州博物館

 

2009年のバギオ100年祭に合わせ、 バギオ・マウンテン州博物館では
今 「バギオのリーダー達(1909-2009年)」が一階で開催中ですが、
同博物館の3階では こんな展示が公開中です。

a0109542_2264931.jpg

「バギオの歴史」写真展です。

バギオに御住まいの方ばかりでなく、フィリピンに滞在されている日本人の方には
是非 見ていただきたい 歴史上の事実。

a0109542_228750.jpg

「山下将軍の降伏」 です。

バギオの歴史を振り返るとき、真珠湾攻撃と同じ日に、フィリピン・バギオのジャン・ヘイに
日本の爆撃機が爆撃を行い、フィリピン戦の最後に 山下将軍が同じジャン・ヘイで
正式に降伏文書に署名したことは あまり知られていません。

アメリカ軍の避暑地として開拓されたバギオ。 夏の首都として開発されたバギオ。
そのバギオの開発の為に ケノン・ロード(ベンゲット道路)建設を皮切りに
日本からの移民が始まった 近代における日比の関係。

そのバギオの歴史を 是非 この写真展でご覧下さい。

2009年 一年間の博物館の予定は このページでご覧下さい。
http://janl.exblog.jp/8132856/

尚、 この博物館の名称が、 「バギオ・マウンテン州博物館」となっているのは、
現在の「マウンテン州」のことではなく、現在コーディリエラと呼ばれている
山岳地帯の6州(ベンゲット、マウンテン、イフガオ、アブラ、カリンガ、アパヤオの各州)
が ひとまとめに「マウンテン州」と呼ばれていたころの名称だとのことです。

その為、入り口となっている2階部分では、これらの6州の伝統的衣装などが
常設されています。
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-09 22:23 | History バギオの歴史

フィリピン退職庁 バギオ事務所での更新手続き PRA

 
2009年4月現在の情報です。

PRA(フィリピン退職庁)バギオ事務所で SRRV(特別居住退職者ビザ)の 
I.D.カードの更新手続きを行いましたので、その様子をご報告します。

I.D.カード更新に必要なもの

1. 従来のI.D.カード
2. 更新手続料  
     1年間 10米ドル
     3年間 30米ドル
     (フィリピン・ペソの場合はその日の換算率が適用されます。)

手続きの様子

1. 従来のI.D.カードを担当者に渡します。

2. 更新のための申請書を記入します。
   これはPRAバギオ事務所の担当者が 全て記入してくれました。
   その時に聞かれる内容:
   - 住所
   - 電話番号
   など簡単な内容です。

3. 3年間更新の場合は 「UNDERTAKE」(アンダーテイク/同意書)
   と呼ばれる簡単な書面に署名を求められます。

   同意書の内容は、3年間の更新期間のあいだに もし 銀行に
   預けてある預金を 投資に移したりした場合には、
   3年間のI.D.カードはその時点で無効になり、 その手続料も
   返却されないことに同意するというものです。

   その時には 改めて 1年間のI.D.カードを申請することが
   必要になります。
   

4. 上記の申請書を バギオ事務所からマニラの本部へ
   FAXで送信。

5. 上記の料金の支払い。
   領収書の発行。

6. マニラの本部から 新しいI.D.カードが 送付されてくるのは
   およそ1週間後とのことです。


以上、簡単な手続きで終わりました。

PRAバギオ事務所の場所は こちらのページでご確認下さい。
http://janl.exblog.jp/7770755/

尚、 2009年4月現在の バギオ事務所の担当の方は 次の方です。

MR. ERIC DE AUSEN PATI
(エリック パティ さん)

携帯電話番号: 0928-324-8484(2010年9月2日現在
事務所番号:  074-423-3123
FAX番号:   074-424-1423
Eメール:    baguio@pra.gov.ph

担当者の方は 外出も多いようですので、事前に電話などで
連絡をとってから訪問されることをお薦めします。

この情報は ひとつの例として 御理解下さい。
個別に対応が違う場合があるかもしれません。



 
 
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-08 23:25 | 生活便利帳inバギオ

ルディー古屋 バギオで写真展 新聞記事

 
バギオ・ボーイ ルディー古屋さんの写真展
Keeping Count ・・・ Homing in ・・・・ が 
マニラ新聞2009年4月6日付けで掲載されました。

a0109542_21321014.jpg


6月8日まで SMバギオで開催中です。

こちらにも情報がございます。
 
 
 
 
 
 
 
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-07 21:35 | Neighbers ご近所情報

戦前からの バギオ・ボーイ、SMバギオ初 の個展


Keeping Count・・・・・ Homing In・・・・・・ photo exhibition
戦前にバギオで生まれ、当時バギオにあった日本人学校に在学していた頃戦争を体験した 古屋英之助(ルディー古屋)さんが 「SMバギオ初」の個展を開いています。 古屋さんは横浜在住のプロの写真家です。

a0109542_11315643.jpg

会場は SMバギオの地下ギャラリー。 オープニングの式典が 4月4日(土)の午後4時半から行われました。 写真展は6月8日が最終日です。
a0109542_11342269.jpg

戦前の日本人学校の先輩で、古屋さんの親友でもある カルロス寺岡バギオ日本国名誉総領事も参列され、祝辞を述べられました。
バギオの街中のあちこちを歩き回り、この個展の為に3年間を費やしたという古屋さん。 
ふるさとバギオの町の中にひっそりと生きている 「1」から「100」までの番号たちを 撮りつづけました。
a0109542_1141982.jpg

会場には、戦前からの古屋さんの友人、知人、そしてアーティスト仲間など、今回の個展を様々な形で応援した方々が集まり、古屋さんご本人が「夢のようだ」とおっしゃる盛況でした。
北ルソン比日基金の日系人の方々や、JANLの皆様も メンバーでもある古屋さんへのお祝いに駆けつけました。
a0109542_11464681.jpg

「番号」を 1から 100まで 撮影する、というユニークな発想。 そして、カラフルな色と造形のコンポジション。 圧倒的な質感。 バギオの片隅にひっそりと息づいている番号たちが命を得て、古屋さんのふるさとであるバギオの 時の流れを 古屋さんに、そして私達に 語りかけているようです。

a0109542_11524469.jpg

番号「100」。 そして この指差すような写真の 右側には どんな写真があるのでしょう。 それは、是非 会場でお確かめ下さい。


この ルディー古屋 写真展の詳しい御案内は こちらのページに御座います
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-05 11:56 | Neighbers ご近所情報

日本人の歴史を見せよう - 博物館の100年祭イベント

 
2009年はバギオ市制100周年祭で、様々なイベントが繰り広げられていますが、 
バギオ・マウンテン州博物館 も バギオの歴史、国際的つながり、開発の歴史、そして芸術・文化に関わる 展示やイベントを計画しています。
a0109542_21352893.jpg

博物館のプロジェクトは 2009年1月から12月までの一年間に渡って様々な展示、イベントが実施されますが、 大きく 四半期ごとに以下のような内容で開催されます。
第一四半期: バギオのリーダー達(1909-2009年)
バギオの歴代市長など バギオに足跡を残した人物などの写真展が 現在開催中です。

a0109542_21385831.jpg

第二四半期: 「バギオー人種のルツボ」 
(外国人コミュニティーの歴史における意義)

この4月から6月までの展示とイベントに、北ルソン日本人会(JANL)と 北ルソン比日基金などの日系人の皆様が、日本大使館国際交流基金と協力しながら 参加致します。

尚、「人種のルツボ」展は 4月18日にオープニング・セレモニーが開催され、JANLのメンバーも日系人の皆様と一緒に 日本人グループとして インターナショナル・パーティーに参加します。

叉、 5月16日(土) には、
 「ジャパン・祭・デイ」 と銘打って、SMのイベント・センターで 各種ワークショップを開催し、地元の方々との交流イベントを実施いたします。

a0109542_21443997.jpg

第三四半期: バギオの変遷(バギオの都市計画)
7月から9月までは、 バギオがアメリカの植民地時代に避暑地として開発された歴史から今までの都市計画の変遷をみることが出来ます。

a0109542_21454034.jpg

第四四半期: バギオー芸術天国
そして、最後を締めくくるのは 文化・芸術の展示が予定されています。

a0109542_21483698.jpg

毎週 展示とイベントのための定例会が開催され、様々なコミュニティーから皆さんが企画の進捗状況を話し合っています。
a0109542_21503077.jpg

日系人グループからは アナベラ寺岡ダコネス女史、日本人グループからはJANLの代表が毎回参加し、日本大使館や国際交流基金との調整なども行っています。

関係外国人コミュニティーは、アメリカ、ベルギー、日本、インド、中国、ドイツ、そして韓国です。
叉、地元の イバロイ、カンカナイ、イフガオ、マウンテン州、アブラ、カリンガ、アパヤオ、タガログ、イロカノ、などの民族も参画しています。

尚、バナサン反町眞理子さんが代表を務める環境NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワークは、カリンガ族のコミュニティーとして参加されています。

a0109542_21583637.jpg


皆様、是非 お立ち寄り下さい。


 
 
[PR]
by janlbaguio | 2009-04-02 21:58 | Activity 活動内容