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Collaboration & Performance by artists from Japan/Israel/Philippines in Baguio

(日本語の案内は下にございます)


Collaboration & Performance
by artists from Japan/Israel/Philippines


CGN (Cordillera Green Network) ,
KEEP Inc.(Kiyosato Educational Experiment Project) of Japan
presents :

ADMISSION : FREE

CORRECTION was informed as below:

6pm, January 28(Thursday)
UP Baguio AVR
WORKSHOP
by Takanori Kawaharada from Japan
& Zohar Cohen from Israel

Performance was changed to WORKSHOP.


6pm January 31(Sunday) 
VOCAS , La Azotea Bldg. on Session Road
"Yamanba - The legend of Goodess of the Mountain"
 by Jun Amanoto from Japan
 & Tapati & Cordi Musicians

 
2pm, February 1(Monday)
UP Baguio Audorium
Workshop of body Kabuku-Mai movement
 by Jun Amanto from Japan
(for this workshop, any participant needs to contact
Mariko Sorimachi stated in the below.)


7pm, Feburary 2(Tuesday)
UP Baguio Auditorium
"Yamanba - The legend of Goodess of the Mountain"
 by Jun Amanoto from Japan
 & Tapati & Cordi Musicians
"Home Coming"
Written/Directed by Toshihisa Yoshida from Japan
Performed by Rei Baquirin


this event is supported by Japan Foundation
and Chikyu Kankyo Kikin(Earth Environment Fund).
SLU-CCA may be added on Feb. 1.

FOR SOME PHOTOS, PLS VISIT HERE.

(the below is written in Japanese)


CGN(コーディリエラ・グリーン・ネットワーク)と
KEEP協会(清里) が バギオで 以下のステージを主催します:

日本/イスラエル/フィリピンからのアーティストによる
コラボレーションとパフォーマンス


入場無料


訂正の案内が入りました。

1月28日(木)午後6時
フィリピン大学バギオ校 AVR(視聴覚室)
ワークショップ 
河原田隆徳 & Zohar Cohen(イスラエル)

諸事情により、パフォーマンスに変えて ワークショップとなりました。


1月31日(日) 午後6時
VOCAS、 セッション通り ラ・アゾテア・ビル最上階
「山姥(やまんば)」
純 天人 & Tapati & Cordi Musicians
 


2月1日(月) 午後2時
フィリピン大学バギオ校 講堂
傾舞の動作のワークショップ
 純 天人
(参加希望者は 反町さんに連絡してください)


2月2日(火) 午後7時
フィリピン大学バギオ校 講堂
「山姥(やまんば)」
  純 天人 & Tapati & Cordi Musicians
「ホーム・カミング」
  作・演出 吉田智久   演技 Rei Baquirin


このイベントは 国際交流基金と地球環境基金の支援を受けて実施されます。

アーティストの写真は こちらでご覧下さい。


2月1日、もしかしたら、SLU-CCA(セントルイス大学ー劇場)で追加公演が入るかもしれません。
なお、UPでのワークショップに参加したい方は、事前に反町までご連絡ください。
 

反町眞理子
Mariko Sorimachi

環境NGO「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク」
Cordillera Green Network
[[オフィス電話] Office : 63-(0)74-423-0839
[携帯電話] Celphone : 63-(0)928-521-8124
[E-mail] saliwmusic@hotmail.com


=== この情報は 「あじさい」ネットワークでお届けしています ===
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by janlbaguio | 2010-01-26 21:07 | AJISAI 文化交流 network

レパント鉱山での ユース・エコ・サミット 演劇祭


環境NGO CGN(コーディリエラ・グリーン・ネットワーク)が山岳6州からハイ・スクールの子供たちと日本からのアーティストを集めた 第三回ユース・エコ・サミットの環境教育演劇祭が ベンゲット州マンカヤンのレパント鉱山のコミュニティー劇場で開催されました。

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レパント鉱山会社が造った城下町とも言えるこの町は、1800名ほどの従業員とその家族合計8,000人が住む立派な町。戦前から続くこの鉱山は、銅と金を産出し、フィリピンの日本軍政時代には三井鉱山という会社が操業していたようです。
こちらで 10月の項をご参照下さい。

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バギオで言えば JOHN HAY のような、立派な施設に恵まれた、このコミュニティー・センターでの演劇祭でした。

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初めて見て驚いたのは これ。 国歌の斉唱。
国歌に歌われている詩の内容を演劇風に表現。

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いきなり会場の子供たちが興奮のるつぼとなったのが このパフォーマンス。
日本のグループ、コンソメ W パンチ の演奏と歌、それにゲーム。
会場総立ちでのオープニングでした。

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ハイ・スクールのトップ・バッターは カリンガ州Balbalanの Saint Theresita's School の皆さん。
演劇のタイトルは 「Illegal Logging」。

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フィリピン女優の Rei Baquirin さんは モノローグ劇「Homecoming 。
この劇は、昨年9月3日にJANL・JAPITACが開催した日比国際平和演劇祭で演出をお願いした 演出家の吉田智久さんの 作・演出。叉、Reiさん自身も平和演劇祭で活躍していただいた方です。

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このタイトルは 「かっぱ」です。
度肝を抜くような このパフォーマンスは 日本のアーティスト Takanori Kawaharada 河原田隆徳さん。舞台を占領していくビニール袋が 環境を守っていくのは誰なのかを問いかけます。会場は爆笑に包まれました。

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そして、日比国際平和演劇祭でも幽玄な舞を披露していただいた 舞踏家 純 AManTo さん。フィリピンの舞踏との共演で、タイトルは「山姥(やまんば)」。

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そして ホスト役となったベンゲット州マンカヤンの Lepanto National High School の演劇は  「The Dream」  。 
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レパント鉱山の歴史を辿るストーリーの中で、日本人も登場。
(この浴衣姿は JANLの協力で 実現しました。)

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このような演劇を見ると、ベンゲットの民族衣装などがよく分かります。

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そして 1月22日の公演の最後を飾ったのは アパヤオ州の Apayao Nationalo Agricultural and Industrial High School の皆さん。  タイトルは「Lapat」 でした。

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どの高校の演劇も大作で見ごたえのある内容でした。
残念ながら 二日目の23日の公演を見ることは出来ませんでした。


尚、日本人アーティストの皆さんたちのパフォーマンスは、バギオでも予定されているそうです。
バギオでは、フィリピン大学バギオ校、UC大学、SLU大学などで開催される予定だそうですので、詳細が分かり次第ご案内致します。
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by janlbaguio | 2010-01-23 23:16 | AJISAI 文化交流 network

環境NGO CGNが 第三回エコ・サミット 環境演劇祭


バギオを拠点に活発な環境保護活動を実施しているコーディリエラ・グリーン・ネットワーク
(CGN)が 第三回の青少年エコ・サミット「環境演劇祭」を実施します。

第3回コーディリエラ・ユース・エコ・サミット      
http://cordillera.exblog.jp/12681816/

以下は引用です(日本語での解説は下をご覧下さい)========


ENVIRONMENTAL COMMUNITY THEATER FESTIVAL
BACK WITH THE 3RD CORDILLERA YOUTH ECO SUMMIT


The Cordillera Green Network, Inc. (CGN) and the youth of the Cordillera proudly bring back the environmental community theater festival this January 22-23, 2010 in Mankayan, Benguet, and January 25-26 in Bangued, Abra. Dubbed as “Aanak di Kabiligan (Children of the Mountain) Theater Festival”, the event will stage environmental theatre productions from various high schools of the region, as well as performances by Filipino and foreign guests.

The theatre festival is the highlight and culminating activity of the annual CORDILLERA YOUTH ECO SUMMIT. Performing this year are young thespians of Tiempo National High School (Tubo, Abra); Apayao National Industrial and Agricultural High School (Calanasan, Apayao); Lepanto National High School (Mankayan, Benguet); Aguinaldo National High School and Ubao National High School (Aguinaldo, Ifugao); St. Theresita’s High School (Balbalan, Kalinga) and Banao National High School (Bauko Mt. Province). Acting as mentors are professional stage director Mr. Toshihisa Yoshida and actors Rei Baquirin and Lynette Bibal.

The Eco Summit is CGN’s way of advocating environmental education through theater and cultural media. CGN believes that environmental messages are best expressed and remembered when placed close to the local’s hearts -- dancing to the gong’s beats; rituals associated with planting, harvests, births, deaths -- all of which interwoven in plays reflective of environmental realities that the groups conceptualized, wrote, and performed themselves. Other activities include “Green Shadows”, a photo exhibit by JP Alipio on the state of the Cordillera environment; environment education workshops; and environmental situation presentations and fora.

Gracing this year’s Eco Summit are guests Consomme W Punch, a Japanese music education NGO; environmental performance artists Zohar (from Israel) and Takanori; contemporary Japanese dancer Jun Amanto and Filipino musicians Edgar Banasan, Kent Banasan, Ruel Bimuyag, Tapati (of Joey Ayala at ang Bagong Lumad), and Alex Tumapang.

The 3rd Cordillera Eco Youth Summit is funded by the Japan Fund for Global Environment and Japan Foundation. It is organized by CGN and KEEP (Kiyosato Educational Experiment Project), in cooperation with the Provincial Government of Abra; Tubo, Calanasan, Mankayan, Aguinaldo, Balbalan, and Bauko LGUs; DepEd School Divisions of CAR ; Lepanto Consolidated Mining Corporation, Divine Word College of Abra; Sinbayan Tako; and OISCA Abra Agro-Forestry Training Center. For inquiries, please contact the Cordillera Green Network, Inc. at 074-423-0839, 09198426486 (Carla), or 09172546613 (Shei). –cgn-



日程&会場は以下のとおりです。

2010年1月22日&23日 
   ベンゲット州マンカヤン郡レパント鉱山カルロス・パランカJr.(CPJ)劇場
2010年1月25日&26日 
   アブラ州バンゲッド町ディバイン・ワード・カレッジ講堂

主催:キープ協会(山梨県清里)
助成:独立行政法人 環境再生保全機構・地球環境基金/
国際交流基金マニラ/国際交流基金・市民青少年交流助成プログラム


さて、エコ・サミットって何? という方に簡単にご紹介。
エコ・サミットは、コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)が北ルソンで実施している数々の事業の一つ「環境教育事業」の中心的存在です。
2001年の設立以来、CGNはフィールドにおける植林などの実践活動と平行して環境教育プログラムを行ってきました。CGNの多くの事業のパートナーは、山梨県のキープ協会です。
キープ協会といえば、日本の環境教育をリードする団体。その豊富な経験と知識をいかさない手はないと、コーディリエラ地方における事業でも環境教育に特に力を入れているわけです。

 ただ、コーディリエラ地方にはコーディリエラ地方ならでは事情があります。閉鎖的な村社会、
各部族による言語の違い、電気がないための環境問題を含む情報の圧倒的な不足、教育レベルの低さ、などから、到底、日本で行っている環境教育ワークショップをそのまま行うというわけにいきません。そこで、CGNは、音楽、演劇、ビジュアルアートなどを取り入れ、楽しく体を使って身近な環境を見直せる体験型の環境教育ワークショップを行ってきました。
 実のところ、CGNが環境教育事業を行っている山の村々は、古来自然と共存する知恵をもちあわせてきた場所でもあり、彼らの伝統の文化や知恵の発掘と再生が、もっとも実行しやすい環境保全活動のであることも多く、外から教える環境教育ではなく、山岳先住民たちに気づいてもらうための環境教育プログラムを試行錯誤しながら続けてきたわけです。


 そういった環境教育プログラムの集大成ともいえるイベントが「コーディリエラ・ユース・エコ・サミット」。
さまざまなプログラムが組まれていますが、中心はなんといっても「環境演劇祭」です。


CGNが環境教育プログラムのパイロット地域としているコーディリエラ地方6つの州にある高校の生徒たちに、その地域の環境問題をテーマとした演劇を製作してもらい、それをエコ・サミットの会場で披露。
会場の観客とほかの州からの参加者に観てもらい、お互いの環境問題について知ってもらい、解決の糸口を探し、行動を促そうというものです。

 第3回エコ・サミットに参加するのは以下の6つの地域の高校生たちです。

・アパヤオ州カラナサン郡Pedro Bunot Central School
・カリンガ州バルバラン郡St.Theresita High School
・ベンゲット州マンカヤン郡Lepant National High School
・マウンテン州バウコ郡Guinzadan National High School
・イフガオ州アギナルド郡Aguinaldo National High School & Ubao National High
School
・アブラ州トゥボ郡 Tubo National High School

 今回は、9月のバギオ市制100周年記念の演劇公演「Kennon」の演出のためにフィリピンに長期滞在していた日本人舞台演出家・吉田智久氏が、滞在を延長してくださり、指導陣組を引っ張ってくれていて、心強い限りです。吉田さんが、台風の直後から、山超え、谷超え、驚くべき人里はなれたコミュニティで、エネルギッシュに演劇指導に当たっている感想記は、CGNスタッフ・ブログにアップされていますので、ぜひご覧あれ。

========= 以上引用


CGNは エコ・サミット関連で上記以外にも さまざまなイベントを計画しています。
詳しくは こちらで ご覧下さい。
http://cordillera.exblog.jp/


(この情報は、北ルソン日本人会が運営する日比文化交流情報ネットワークである「あじさいネットワーク」を通じて配信しております。)
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by janlbaguio | 2010-01-17 12:25 | AJISAI 文化交流 network

過去100年の日本人、日系人の歴史を振り返る


以下の文章は 2009年12月31日のシスターテレシア海野記念日に、フィリピン・バギオ市の日系人の会館であるアボンにて行われた カルロス寺岡 氏(北ルソン比日基金理事長)によるスピーチの原稿です。

このスピーチは NHK BS-1の番組「地球アゴラ」の 2010年1月10日放送分で紹介される内容です。


The below is the speech done by Mr. Carlos B. Teraoka, Executive Director of Filipino-Japanese Foundation of Northern Luzon, in the occasion of
Sister Theresia Unno memorial day on December 31, 2009.

The same speech will be broadcasted in the program of Globe Agora,
Japanese TV NHK BS-1, on January 10, 2010.

Speech by Mr. Carlos B. Teraoka

Last September 1, 2009, our city, the city of Baguio celebrated 100th year of its Charter Anniversary. Our Japanese ancestors participated much
during this period. The Baguio Centennial Commissions recognized them as the builders of Baguio and many of them, including our founder sister
Theresia Unno were given awards.

Excepting those who read the Pioneer Japanese book, many of you,
especially the young ones, do not know that without the involvement
of Japanese nationals in the construction of Benguet road, perhaps
Baguio city would never have existed.

At that time, the early Philippines was under the Commonwealth of
America. To get away from the scorching heat of Manila, the US
government decided to construct a summer capital in Baguio. Maj. Kennon
was assigned and given the task to construct a road. Construction of
Benguet road started in 1902, but because of the very treacherous and
dangerous terrain with hard rocks, the first attempt failed.

Knowing the hard working Japanese, Maj. Kennon hired about 1,400 of
them in 1903 and resumed the construction. The Japanese, even though
more than 500 of them perished in accident or in sickness, did not stop
and continued until they finished their job. The road was officially opened
in January 29, 1905.

After the completion of the road, many of the Japanese headed for Davao
and elsewhere to the south. Some of the participants of Kennon road
project, such as Hamada, Hano, Sato, Okubo, Yamashita, Kato, Fuchigami
and others remained in Baguio and married Filipinas. There are still some
2nd generation descendants of these pioneer people around there but
their ages are very, very much higher than mine.

Development of the City of Baguio started when the American discovered
Gold, Silver and Copper mines in nearby areas. Bunkhouses and other
buildings had to be built immediately. This was the trade the Japanese
specialized most in. Many Japanese expert builders came to Baguio and
started building houses in no time. The astonished and amazed Americans
were so happy that they gave a big bonus to these Japanese builders.
From the ledger of my father, rate of the Filipino carpenters sometimes in
1938 were about 25 centavos a day and the Japanese carpenter’s pay
was 2 pesos to 5 pesos. I remember that 1st class Japanese favorite rice
called Ortoc from Binalonan was 2 pesos for 60 kilos and ice cream was
1 centavo a cup.


The Japanese migrants of Baguio eventually put up a “Nihonjinkai”
(Japanese Association) and constructed a Monbusho-accredited Japanese
school for their offsprings to study. The Japanese communities eventually
became bigger and had contributed so much in many ways to the
development of the City. It was amazing that in pre-war time, almost all
the stores on both side of Session Road were owned by the Japanese.
The Japanese those days were financially stable, trustworthy, honest and respected. We, the second generation Nikkei, were living happily with
people of other nations and with pride. We treasured much the peaceful
and progressive life we had in the city.

The 2nd World War suddenly erupted in December 8m, 1941. It was the
war of Japan and America with Philippines on the American side. It was
the war between the country of our Father and our Mother. Japan lost the
War and the prosperous Japanese community totally collapsed. All of the
hard-earned properties of our Japanese community confiscated in favor of
the Philippine Government as enemy property. The poor 2nd generation
mestizos were left with nothing and had to hide their identities and used
their mother’s family names to escape harm from guerrillas and hatred of
Filipinos. Worst, many of them were not able to attend school.

It was in 1995, 50 years after that terrible WWII, that with the urging of
the Federation of Nikkeijinkai and well-meaning Japanese private
volunteers, the government of Japan formally launched a nationwide
registration of Nikkeijin in the Philippines and recorded about 2,500
nikkeijins(Japanese descendant). They were called “War Displaced
Japanese” because they were victims of war that was not of their own
making.

The Japanese government opened the door to these War Displace
Japanese, if they can establish their identities. They will be given the
privilege to go to Japan to work or to reside an also with their 3rd or 4th
generations. Many availed of this privilege and succeeded in uplifting
their livelihoods. Their leaning houses in the Philippines were
straightened.
However, the recent recession in Japan stopped this trend. Many
Japanese Visa holders were not given a chance to go to Japan anymore.

You may not believe it, but Japan was a very poor country in the early
part of the 1900’s. The Japanese had to go abroad to work in order to
make living, such as what the Filipinos are doing nowadays. Of all the
countries they went to, it was claimed that the Philippines was the
country that have given the Japanese a big success.

Our founder Sister Theresia Unno came to Baguio in 1972. She heard
about the sufferings of Nikkeijins and went around the mountains to
gather us all together. Then she formed a Filipino Japanese Friendship
Association, our Abong. Because Sister Theresia, an educator, started her scholarship program early from the start, we already have more than
600 college graduates to date. They are all promising professionals now.
With our program and a stronger Abong, we will have more graduates
to come.

Tomorrow will be year 2010. It is the start of our next 100 years. I am
challenging you, to let us altogether try our very best to make this
incoming 100 years, a better, progressive and peaceful one than the 100
years that we will be leaving behind.

Good luck to you and may Almighty God bless us all.

Thank you very much.

CARLOS B. TERAOKA


お断り:  
このスピーチの掲載に関してはカルロス寺岡氏よりご承諾を得ております。無断転載などはお断り致します。
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by janlbaguio | 2010-01-08 22:42 | Neighbers ご近所情報

JANLの新年会 今年もよろしく!


初日の出参拝の余韻が残る正月2日に JANLの新年会が開かれました。
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週間天気予報では雨か曇りだったのが嘘のような晴天。皆さんの明るい顔が集まりました。

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今年の新年会には、北ルソン比日基金(日系人団体)の皆さんもご参加をいただきました。
日頃は食べることが出来ない正月料理に感激されていました。

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バギオの「OO亭」とも称され、日本料理の腕の素晴らしさで噂の奥様。 日本人コミュニティーの安らぎの場所にもなっているメンバーのお宅で、晴れ晴れとした新春の集まりとなりました。

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夕暮れからはカラオケで、美声とダンスのオン・パレード。 そして、夜も更けると、ギターの音色と味のある歌声に酔いしれました。

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深夜まで盛り上がった新年会。
美味しい日本料理と和やかなひとときを 有難う御座いました。

今年2010年も良い年になりますように。
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by janlbaguio | 2010-01-03 17:46 | Activity 活動内容

2010年 元旦 初日の出に 100年の祈りを



午前4時10分にキャンプ7を出発したJANLのジプニーは、市内各所で「初日の出参拝」の参加者をピックアップして、午前6時に 標高2千メートルのサント・トーマス山の気象観測所に到着。

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そこには、まだ煌々とした満月が サント・トーマスの西、リンガエン湾、南シナ海の上に輝いていました。

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そして、東を見渡すと、遠くに連なる山々に夜明けが 新年の幕を開けようとして・・・

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初日の出の時刻は6時25分とのことでしたが、遠くの雲海の中から十分ばかり遅れての御来光。

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メンバーの皆さん、日系人の皆さん、そして英語留学中の皆さんが、お日様に合掌。
バギオ100年祭の2009年、バギオの建設に貢献し、戦後の苦難を乗り越えてきた日系人の皆さんにとっては、2010年元旦の、今から100年への祈りは格別なものがあったに違いありません。

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新しい太陽の光がまぶしく、そして温かく身体を包み込みます。

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メンバーの方の差し入れで、お神酒とトン汁、おにぎりなどをいただき、かじかんだ手を温めました。

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天気予報に一喜一憂したことなど、すっかり吹き飛んだ青空。 新しい年の幕開けに最高の青空が広がっていきました。

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そして、サント・トーマスの山の上から バギオの市街地を見下ろし・・・

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山々の連なりに さまざまな想いを馳せることができました。

皆様、あけまして おめでとう ございます。
本年も どうぞ 宜しくお願い申し上げます。


平成二十二年 元旦
北ルソン日本人会(JANL)

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by janlbaguio | 2010-01-01 21:28 | Activity 活動内容