<   2011年 12月 ( 10 )   > この月の画像一覧

北ルソン日系人の母、シスター海野メモリアル in Abong

フィリピン・北ルソン・バギオの歴史の中で、特に日系人にとって、シスター海野を抜きに歴史を語ることは出来ません。

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12月31日は 北ルソンの日系人の母とも言えるシスター海野の命日です。

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バギオ市にシスター海野の尽力によって、日系人が集う場所として建設されたアボン(ABONG)会館に、北ルソンの日系人や奨学生たちが集まり、シスター海野を偲びます。

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戦中・戦後の苦しい日々を乗り越えてきた日系二世から五世・六世にいたる皆さんが敬虔な祈りを毎年この日に捧げています。

そして、シスター海野の今に引き継がれている業績を振り返ります。
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戦後の日系人排斥の中、山奥に隠れ住んでいた日系人を捜し出す。
戦没者の遺骨を探し出し、慰霊を行うこと。
そして、日系人の生活向上に資すること。
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1972年に初めての会合が開かれ、それから2年後に戦後初めてのクリスマス会が日系人の皆さんによって開かれました。

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これは、ハルセマ道21キロでの戦没者慰霊の十字架です。

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そして、これは、シスター海野の数々の支援事業。
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慰霊碑。
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日本庭園。
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水道事業。
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農業共同組合。

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ありし日のシスター海野。


シスター海野については、こちらのサイトでどうぞ:

http://ginzanokaze.music.coocan.jp/unno/unnoke.html

http://www.tokyo-shiba-rc.org/service/service03.html

シスター海野に関する書籍 :  バギオの虹
 
 
 
 
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by janlbaguio | 2011-12-31 16:12 | History バギオの歴史

PRA フィリピン退職庁主催のXマス・パーティ開催

12月28日(水)、バギオに於いても フィリピン退職者ビザ(SRRV)をお持ちの皆さんが集い、クリスマス・シーズンを楽しみました。

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会場は、昨年と同じ、レガルダロードのヘンリコ・ホテル。

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日頃はなかなかお会いできない日本人の方にも ここで会うことがあります。

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食事もまずます。 長い列も楽しみのひとつです。

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バギオ市内のハイスクールの皆さんが山岳民族の伝統の踊りを披露。

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地元の民族舞踏の後は、参加者も加わっての踊りです。盆踊りのような雰囲気。
JANLの子供達も大喜び。

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くじ引きの商品がたくさん用意されていました。
今年はなかなか お客さんを逃がさない工夫がされていたようです。

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また、来年も お会いしましょう。


  
   
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by janlbaguio | 2011-12-29 20:12 | Neighbers ご近所情報

メリー・クリスマス そして、良いお年をお迎え下さい。

2011年12月25日、皆様はクリスマスをどのようにお過ごしになりましたか?

北ルソン日本人会(JANL)の役員は、会員を代表して、元日本国名誉総領事の
カルロス寺岡氏のご自宅で開かれたクリスマス・パーティーにご招待いただきました。

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寺岡様には、北ルソン日本人会の相談役としてご指導をいただいております。

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この日は、寺岡様の誕生日でもあり、ご家族の皆さんやご友人などがお集まりになります。

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ご多忙の中、ドモガン・バギオ市長ご夫妻のお姿もありました。

JANLの役員も、市長にご挨拶をさせていただきました。

では、皆様、穏やかな年末・年始をお過ごし下さい。


尚、
12月31日は アボン会館での 「シスター海野記念日」の集まり、
1月7日には  
午前中は アボン会館での JANL子ども会・書初め大会、
午後には CHAYAに於いて JANLの新年会
を予定しております。

メンバーの皆様には、別途 メールで詳細をご連絡致しますので、ご留意下さい。
新年会の「おせち料理」のご予約は12月30日が締め切りとなっております。


 
 
 
 
 
 
    

 
 
 
 
 
 




 



  
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by janlbaguio | 2011-12-26 14:59 | Neighbers ご近所情報

Japanese Trail という名の エコ・トレール in バギオ


<バギオの歴史>

バギオ市のキャンプ・ジョン・ヘイの中に、Eco Trailというハイキング・コースがありますが、その延長上に Japanese Trailと呼ばれているコースがあることが分かりました。

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こちらのサイトの情報によれば、以下のようなことが書かれています。
このサイトは、バギオ市内での乗馬コースについての紹介サイトです。
http://www.gobaguio.com/baguio-horse-trails.html

Japanese Trail

This follows the route taken by the Japanese as they left Baguio City towards Nueva Vizcaya at the end of the Japanese Occupation of the Philippines during World War II.
If I remember correctly, we still headed up towards Beckel to Ambuklao Road, turned somewhere and ended up at Ambiong Road. We passed through some crowded residential areas on the way down.

ジャパニーズ・トレール
このルートは、第二次世界大戦中のフィリピン占領が終わった時に、日本人がバギオ市から
ヌエバ・ヴィスカヤへ下りていった時に辿った道です。

・・と説明があります。

ただ、これには、もうひとつの説明も聞いています。

バギオで開催された 第二回アジア太平洋国際平和慰霊祭の折に、主催者からの説明として、日本人がキャンプ・ジョンヘイに出入りする秘密のルートだった、という話がありました。
もしかしたら、いくつかの Japanese Trailと呼ばれる道があるのかもしれません。


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(写真の上でクリックすれば拡大できます。)
この見取り図は、Camp John Hay内の エコ・トレールとJapanese Trailを大雑把に示したものです。

全行程をゆっくりハイキングすると、おおよそ3時間くらいになります。
早足でしたら、その半分くらいでも歩ける距離です。

この「日本人の小道」に関しては、こちらのサイトに慰霊祭の時の写真入りの紹介がありますので、ご参考になさってください。
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2011/12/japanese-trail-.html


今後も Japanese Trail 関連の情報があれば、追加していきたいと考えています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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by janlbaguio | 2011-12-21 10:49 | History バギオの歴史

日本の外国人登録制度が 新しい制度に変わります


<お役立ちリンク集>


日本の入管法が2012年7月に変更になり、
従来の日本国内における 外国人登録制度がなくなり、新しく「在留カード」制度が
7月から始まるそうです。

詳しくはこちらの入管のサイトでご確認ください。

日本語
http://www.immi-moj.go.jp/newimmiact_1/index.html

英語
http://www.immi-moj.go.jp/newimmiact_1/en/index.html


新しい制度は英語では Residency Management System
在留カードは Resident Card

と呼ぶようです。


フィリピンから 日本へ行かれるフィリピン人の方が周りにいらっしゃる場合は
ご注意下さい。




   
  
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by janlbaguio | 2011-12-20 21:23 | Link お役立ちリンク集

死者行方不明者 1,000人以上 ミンダナオ 台風被害

皆様 既にご存知のとおり、フィリピン・ミンダナオ島 カガヤン・デ・オロを中心に
台風センドンによる鉄砲水や土砂崩れなど水害による被害で 1,000人を超える
死者・行方不明者を記録しているようです。
NHKのニュースでも報道されています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111220/t10014776691000.html

この被害に対する被災地支援のご寄付などの意思をお持ちの皆様に、
フィリピン赤十字のサイトをご紹介します。

http://www.redcross.org.ph/donatenow

このサイトによりますと、いくつかの寄付の方法があります。

1. パソコンを通じてオンラインで寄付をする。(サイト内でできます。)
2. セブン・イレブンの各店舗で現金での寄付。(フィリピン国内だけ?)
3. フィリピン赤十字の銀行口座への振込み。(サイト内に口座名があります。)

4. 携帯電話からの寄付。

赤十字のサイト内に このような指示があります。

SMS
Text REDAMOUNT to 2899 (Globe) or 4143 (Smart)

You can donate the following denominations:
Globe: 5, 25, 100, 300, 500 or 1000
Smart: 10, 25, 50, 100, 300, 500 or 1000

これによれば、携帯電話で 寄付をする場合、グローブあるいはスマートで可能で、
寄付金額は上のように固定された金額のどれかを選ぶようになっているようです。


例えば、スマートで 100ペソを寄付したい場合ですと:

携帯のテキスト画面に、
RED 100

だけを書いて、 SENDの電話番号を
4143

と入れて 送信すれば完了です。

正しく完了すれば、
「Thank you for donating P100.00 to Philippine National Red Cross.」

という返信が来ます。


以上、ご案内まで。



北ルソン日本人会(JANL)
 
 
 
 
 
 
 
   
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by janlbaguio | 2011-12-20 15:28 | Neighbers ご近所情報

アボン会館でクリスマス・パーティ - 北ルソンの日系人会

毎年恒例のクリスマス・パーティーがABONG会館で 12月18日に開催されました。

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北ルソン比日基金と北ルソン比日友交協会合同のクリスマス会は 200人を超える人たちで賑わいました。

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理事長である カルロス寺岡さんのご挨拶で、いろいろなプログラムが始まりました。
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北ルソン日本人会(JANL)からもお祝いに駆けつけました。
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子供達のダンスや、
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グループでの演奏、
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伝統的な北ルソン地元の山岳民族の踊り、
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そして、ファミリーによる フィリピン伝統の民族の踊りも。

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お姉さんたちがダンスの真っ最中に、小さな女の子が・・・
微笑ましいひとときに 皆が大笑いです。

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小さい子供達も 軽快にステップを踏みました。
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そして、子供達の嬉しいプログラム。
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サンタさんの前に 長い列ができました。
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そして、会場いっぱいに笑い声がひろがるゲームの時間。
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司会のお二人も全開。
JANLからもクリスマス・プレゼントを提供しました。


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コーラの一気飲み大会。
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そして、お楽しみの抽選会もあります。

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プレゼントがいっぱいです。
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皆様、良いクリスマスと 温かい年の瀬を お過ごしください。

 
12月31日には、アボン会館で恒例の「シスター海野の歴史を振り返る記念日」の催しがあります。 皆様お気軽にご参加下さい。



 
 
    
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by janlbaguio | 2011-12-19 18:37 | Neighbers ご近所情報

第二回 アジア太平洋国際平和慰霊祭 - 慰霊祭・フォーラム

<ご近所情報をあじさいネットワークで配信しております。>


平和慰霊祭の5日間のイベントの後半、12月8日から10日までに参加しましたので、
ご参考までにご報告いたします。


12月8日(木) 
バギオ市キャンプ・ジョンヘイ内 ベル円形野外劇場での慰霊祭。
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ベル・ハウスと呼ばれるアメリカ時代の総督の邸宅で、バギオ市長のドモガン氏を迎えての記念写真。
このベル・ハウスは、日本占領時代には、山下大将の司令部としても一時利用されたとか。
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慰霊祭の関係者と、台湾、韓国、日本などからのビジターとの記念写真。

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ベル・ハウスの関係者から見せていただいた「キャンプ・ジョンヘイの歴史」という本に掲載されている写真。
日本軍が投降し、捕虜としてジョンヘイを通過している写真。
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同じ本にあるジョンヘイの捕虜収容所の絵。
戦争初期には日本人を収容し、日本軍がバギオに入った後は外国人の収容所となったそうです。
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地元の人たちの間で、「Japanese Trail(日本人の小道)」と呼ばれているというジョンヘイ内の山道。
ベル・ハウスの近くから、今のアメリカ大使公邸の辺りまで続いている小道です。
なぜこのような名称がつけられたのか。
近隣の地元の人たちの間では、日本兵たちがジョンヘイに入るための秘密の道だった、と言われていたそうです。
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このジャパニーズ・トレイルの終点は、アメリカ大使公邸の入り口ゲートでした。
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この大使公邸は、終戦の折に、山下大将が正式の降伏文書に署名をした場所でもあります。

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ジョンヘイをあとにして、ベンゲット州イトゴン町の町役場へ移動。
歓迎の横断幕が掲げてありました。
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イトゴン町の体育館の前には、このような戦争の記念碑が建っています。

12月9日(金)
イトゴン町役場での平和慰霊祭。
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マンブーノと呼ばれる霊媒師による戦没者慰霊の儀式の後、アディバイと言われている「楽しい集まり」が実施されました。
伝統の儀式では、2匹の黒豚が捧げられました。

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午後は、元日本兵のK氏の証言ドキュメンタリーが放映されました。
K氏は、このイトゴン周辺でも戦闘に加わった方で、戦後何十回もバギオなどへの慰霊の訪問を続けられた方です。
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フォーラムでは、北ルソンで抗日ゲリラとして奮戦した第66歩兵連隊の証言・再現ドキュメンタリーや、韓国人留学生、中国系フィリピン人、台湾研究中の日本人教授などからの講演もありました。
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9日の最後には、イトゴン町役場のすぐ前にある カランテス家の個人的戦争博物館を訪問。
カランテス氏は 元ゲリラ兵で、戦争当時の記憶をジオラマ風のミニチュアで戦場を再現し、日本兵、アメリカ兵、フィリピン兵の遺品などを保管していました。


12月10日(土)
この日は、元日本兵のK氏がアメリカ軍と激しい戦闘をしたというイトゴン町のダルピリップ地区を訪問。
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DALUPIRIP地区へ入るには、このアグノ河のこの地点を歩いて渡るしかなかったそうです。
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そして、K氏が機関銃でアメリカ兵を撃ちまくったという山。
この山の右方面、向こう側の下にアメリカ軍がキャンプをしていたという話です。
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ダルピリップ地区にある小さな教会。
この教会は67年前に建築された教会だそうです。(日本占領時代?)
この教会は、地元民の収容所となったり、日本兵の野戦病院ともなったと聞いています。

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教会の敷地内にある抗日ゲリラ兵たちの慰霊碑。
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この地区のお婆さんたちに、戦争時代の記憶をインタビュー。
日本兵もゲリラ兵も、とても恐ろしかったとの話がありました。

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この美しい村が 二度と悲惨な戦争に巻き込まれることがないよう、祈らずにはいられません。


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サンスター・バギオ新聞の記事



 
 
 
 
 
 























































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by janlbaguio | 2011-12-12 11:11 | AJISAI 文化交流 network

第二回 アジア太平洋国際平和慰霊祭 - 勉強会


<ご近所情報を あじさいネットワークで配信しています>


昨年から始まった 「アジア太平洋国際平和慰霊祭」に先立ち、日本人向けの勉強会が
12月6日と7日の二日間に渡って開催されました。

主催は Lubongバギオなどの団体。 
会場は北ルソン日比基金のアボン会館。

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勉強会には、バギオ在住の日本人の皆さんと、台湾の大学で研究などをされている
日本人教授と大学生も参加されました。

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勉強会は主にDVDなどの資料をもとに行われ、第二次世界大戦中の特にフィリピン・
ルソン島での戦闘の悲惨さや、体験者の証言などを視聴しました。
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この中では、激戦となったバレテ峠の戦いなどが紹介されました。
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この映像は、モンテンルパ捕虜収容所の処刑場とされています。

又、台湾の大学から参加された教授による、台湾の歴史、民族、日本との関わりなどの
レクチャーが行われました。
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台湾の原住民である山岳民族。
(台湾では「原住民」という言葉は、当人たちが勝ち取った言葉なので、差別用語ではない、との説明がありました。)
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現在における、台湾の諸民族の分類・呼称。
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日本による占領時代の歴史。
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原住民の人たちのための日本式の教育。
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そして、第二次大戦への志願兵と徴兵。
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参加した皆さんが口を揃えて、こんな台湾の歴史は少しも知らなかった、大変勉強になった、と感謝していらっしゃいました。


平和慰霊祭は、この後、
12月8日 - バギオ市 ジョンヘイの円形野外劇場で慰霊祭
12月9日&10日 - 隣町 イトゴン町の町役場などで平和慰霊祭
が予定されています。

詳しい内容は こちら でご確認下さい。







 
 
 
 
 
 
   
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by janlbaguio | 2011-12-07 22:02 | AJISAI 文化交流 network

地元の お婆ちゃまとの交流

バギオ市内のあるお婆ちゃまが九十歳の誕生日を迎えられ、北ルソン日本人会(JANL)のメンバーなどがご招待を受け、お祝いにお邪魔しました。

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真ん中で、カメラを指差しているお婆ちゃんが、そのご本人です。
この方は、JANLのフィリピン人役員のお一人である女性の母上でいらっしゃいます。
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そして、この写真の左から3人目の正装の女性が JANLの役員です。
このバースデー・パーティーには、こんなに大勢のメンバーを抱える楽団も呼ばれていました。
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マンドリン?(バンドゥリア?)を中心とした編制で、素晴らしいフィリピン歌曲の演奏が続きます。
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そして、快活で澄み切った歌声が広がっていきました。
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さらに、こんなフィリピンの伝統的な踊りなども披露されます。
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このお婆ちゃまが20才の頃は、まさに戦争の時代でした。
ターラック州の田舎で、彼女の父上は村長の仕事をされたそうです。
日本軍政時代に日本軍によって指名された村長だったと聞いています。
そして、戦争が終わる頃、家族の何人かが抗日ゲリラに連れて行かれ、行方不明に。
ゲリラとして容疑をかけれらたフィリピン人を日本軍が処刑しないよう、いつも努力をしていた父上だったそうです。
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戦争中に、あの「バターン死の行進」で捕虜となり、捕虜収容所に入っていたところ、戦前の東洋オリンピック・東京大会の陸上競技メダリストだったことで釈放をされた男性と結婚。
戦後はバギオで家庭を築かれました。
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彼女は、八人の子供に恵まれ、ご主人はバギオ市の警察署長へと出世されました。
その子供さんの中から、バギオの市議会議員や国政府の某機関の局長を勤められた弁護士さんもいらっしゃいます。

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偶然とは言え、このような歴史をお持ちのご家族の方に、JANLの役員となっていただいたことに感謝を申し上げたいと思います。

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バギオ在住の方や、英語留学中の方々、子供達も含めて、およそ20名の日本人の皆さんが お婆ちゃまのお元気な九十歳の誕生日のお祝いに駆けつけ、楽しいひとときを過ごさせていただきました。

おめでとうございます、お婆ちゃん。
ありがとう、そして、いつまでもお元気で。






  
  












フィリピン バギオ 日本人 北ルソン日本人会 英語留学 日本人コミュニティー 
太平洋戦争 日比戦争 ルソン島 歴史 日本軍 占領時代 抗日ゲリラ
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by janlbaguio | 2011-12-04 16:18 | Neighbers ご近所情報