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昭和15年(1940年)に発行された バギオ日本人学校同窓会の会誌 「松籟」創刊号



戦前にバギオにあったバギオ日本人学校は 1924年に創立されたとされていますが、
今回 バギオ日本人学校同窓会の古屋英之助氏より、同窓会の会誌(創刊号)
頂きましたのでご紹介します。

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会誌の名称は 「松籟」(しょうらい)となっており、
「会誌を「松籟」と命名した所以は、バギオ市が比島唯一の松の都として知られて
いる。 これに因んで松の象徴として選んだものであります。」とあります。

「松籟」の意味は、松林を吹き抜ける風の音ということだそうです。
    

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発行は 昭和15年(1940年)となっていますので、創立から16年後、
同窓会の昭和8年の発足からは7年後の創刊です。

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目次の最初のページ

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同窓会の会員である卒業生の作品が掲載されています。

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「バギオ日本人小学校」の校旗

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上の写真は、バギオ市の日本人墓地の横にある ベンゲット道(ケノン・ロード)建設で
犠牲になった日本人の慰霊碑。
下の写真は、バーンハム公園の傍らにあった最初のバギオ日本人学校の校舎。

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上の写真は、バギオ日本人学校の新校舎。 マグサイサイ通りのLUCBANに移転
下は、当時の職員。 前列真ん中が 村井校長。

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上は、新校舎の校門での集合写真。
下は、弁論大会での記念写真。

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同窓会会長 谷水氏の挨拶文。
「皇紀二千六百年・・・」で始まっています。

同窓会については、
「昭和八年十月、本会の創立をみまして・・・」
創立当時は会員も僅かに三十名に過ぎませんでしたが、本日では
百三十三名の会員をなすに至りました。」
とあります。

また、この創刊号が 皇紀二千六百年の奉祝記念事業であると書いてあります。

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上は、村井校長の祝辞ですが、昭和15年当時の戦時下の教育方針が表れています。
ただし、当時のバギオ日本人学校の小学生であった方によりますと、
学校の授業の中では、さほど軍国主義的なものはなく、この後 太平洋戦争が始まって
から変化が出てきたとのお話でした。

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以下に同窓生=卒業生の作品が掲載されています。


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上の詩は 卒業生であり同窓会の副会長であった 東地琢磨氏のものです。

内容を見ますと、「三十年前の犠牲・・・」とありますので、1905年に開通した
ベンゲット道(ケノン・ロード)の工事に携わって難工事の中で犠牲になった日本人移民
の人たちへの追悼の詩であろうと思われます。

これは昭和15年(1940年)の発行ですが、この後太平洋戦争となり
昭和21年(1946年)には琢磨氏は戦犯としてフィリピンで処刑されています。

何故そういうことになったのか。
それは東地琢磨氏が山下奉文大将の通訳であったからでした。
詳しくはこちらのサイトでお読みください。
http://tenhouinaki7.at.webry.info/200903/article_3.html

「もし大田大佐と東地通訳が第14方面軍司令部に勤務していたなら「他のお二方」という扱いではなかっただろう。きっと、面識がなかったから このようになったのだろうと思います。
東地琢磨通訳の遺書は、『世紀の遺書』(巣鴨遺書編纂会 1953)にも掲載されていないばかりか、この書物の最後に不幸にも戦争犯罪人として亡くなられた方の名簿一覧があるのですが、彼の名は「ヒ」行ではなく
「ト行」にあったということで、日本国内でも知られていなかったと思います。」

東地琢磨氏は、まだ23歳の若さで絞首台に上ったのでした。 彼は日本人の父と、フィリピン人の母の間に生まれた、現地の方でした。
『世紀の遺書』には東地通訳が和歌山県出身と書かれていますが、これは、彼の父親が和歌山出身で、大東亜戦争が始まると同時に日本に強制送還された ことによると思います。
一方で、東地琢磨氏は、日本軍の軍属として召集を受けます。」

・・・・ここに23歳で処刑されたとありますので、上の詩を作ったのは6年前の17歳の時であったということになります。

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こちらは、同じく 東地琢磨氏の 俳句と短歌です。
日系人として戦時下のフィリピンに生まれた17歳の心が滲み出た詩であるかと思われます。

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上の作品 「金の世の中」 と 「日曜日の朝」 は、この文集の中が戦時色に覆われて
いる中で 珍しく文学的あるいは日常描写的な作品になっています。

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上の 「少年時代を偲び」 には、いくつか興味深い当時の情報があります。

旧校舎(ブラハムパーク公園の近くにあった)に在学当時の懐かしい思い出を!!」

・・・最初に出来たバギオ日本人学校の校舎は、バーンハム公園のすぐ横、
オーキダリウム(蘭などの植木鉢を売っている公園)の斜め前あたりにありました。

「同じ教室で八年間一緒に学び、一緒に遊んだ。」
・・・日本人学校は 8年制度であったようです。

「入学当時は生徒の半分以上は跣足(はだし)で通学した。 学校の規律が
やかましくなって靴を履くようになってからも、跣足の習慣がなかなかぬけず、
学校の行き帰りには腰に靴をぶらさげて歩いたものだ。」

・・・ しかし一方で、映画などを親と一緒に観に行く時などは、正装で行った
という話も聞いています。

三年生の頃までは日本語よりも土人語の方に通じて居たもので、
先生の居ない所では土人語で盛んにペチャクチャ喋ったものだ。
然し年と共に日本語が自由に話せる様になってからは、妙なもので、
土人語を使うと級友の者から軽蔑されるので、誰も土人語で話をする者は
居なくなった。」

・・・ 3年間の学校生活で、日本語の方が優勢になったようです。
学校での遊びは、 かくれんぼ、鬼ごっこ、フットボール、ベースボール、剣劇
などが書かれています。

「六年生の頃マニラへ修学旅行に行った時と、高等二年の時サンフェルナンドの
海岸へ卒業旅行に行った・・・」

「学校を出ると皆それぞれの違った境遇に置かれて、マニラへ行く者、
日本に帰る者、又はバギオに残る者、・・・・」

・・・・小学校6年間と 高等2年間の 合計8年間を過ごしたようです。
これは、尋常小学校6年間と高等小学校2年間の教育制度の時代のようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8B%E5%B8%B8%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1


     
「僕は学校を出ると直ぐにハイスクールに入学した。 然し家庭の事情の為
中途で退学してアンタモック金山へ職業を求めに行った。 其の会社の
支配人はアメリカ人だったが、唯僕が日本人であるという理由一つで、
直ぐに採用してくれた。」

・・・・ バギオ市の周辺にはいくつかの鉱山がありますが、この当時には
アメリカ人経営の鉱山で多くの日本人が働いていたようです。

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バギオ近況と私の所感
ここにも、多くの情報があります。

「四年前我等の母校は、新装なる校舎に移転された。 先生は日本人の先生が
六名、英語の先生として比島人の先生が二名都合八名である。
旧校舎から見ると遥かに大きくて児童の収容力も三百名位は十分であるときく・・・」

・・・1940年の4年前ですから、1935年頃に新校舎に移転したということになります。

「在留同胞は約一千名と思う。 その中これを職業別にすれば
大工さんを筆頭に、百姓、商人、製材業者の順に人数の上から見れば大別せられる。
大工職の人もその腕前並に給料から見ると比島人を遥かに凌駕して多くの人は
一部の監督級に置かれ給料は普通比人の倍額を給与されているときく。・・・・」

「比島各地に於ける支那人の勢力は津々浦々まで根深く入りこんでいて、
遥かに日本人の勢力以上にあるということだが、僕等の住むバギオは日本人
としての優越観
を十分感ぜられる。」

・・・ これに関しては、当時の小学生であった方からも同様の話を聞きました。
セッション通りなどでも日本人経営のお店が多かったとのことでした。



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上の作品 「工夫の力」 は 寺岡石志人氏の作となっています。
この方は 元日本国名誉総領事であった カルロス寺岡氏の兄上です。
しかし、この 寺岡石志人氏も戦時中に悲運な最期と遂げられています。

その詳しい事情は、マニラ新聞の下のリンクで掲載されています。

移民1世紀 第1部・1世の残像
第9回 ・ 比で生きる日本人兄妹
http://manila-shimbun.com/award130089.html


「父宗雄さんは米国人相手の建築業で成功したが、開戦直前の四一年八月に同市で病死。兄二人は戦中憲兵隊と比人ゲリラにそれぞれ殺され、母と弟二人は砲撃で命を落とした。戦争を生き抜いたのは、十四歳の兄と十一歳の妹だけだった。 」

「寺岡理事長は振り返る。「大島町に帰り、父の送金で建てられた立派な家にも住みました。今の日本人は『比は貧しい国』と言うが、当時の日本はすごく貧しかった。バギオでは靴をはいていたのに日本ではわら草履でした。私は日本の教育を受けていましたから、入籍されていれば日本にとどまったと思う。無国籍はつらいので、五二年に比へ戻ってきたのです。二十一歳でした」。妹も三年後の五五年「兄がいなければ私は生きていなかった。たった一人の家族で、生き別れになった後は寂しくてたまらなかった」と後を追った。 」

寺岡理事長とは カルロス寺岡氏のことで、バギオにある日系人会 北ルソン比日基金の理事長もされています。(現在は、北ルソン日本人会の相談役でもあります。)

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バギオ日本人学校同窓会の役員および会員の名簿
役員の皆さんは卒業生ですので、この当時は17歳から20代前半かと思われます。

会員名簿には、卒業後 昭和15年時点での進路、学校や就職先などが記載されています。
進学先としては セントルイス・ハイスクール、 シティー・ハイスクール、ツリニダード・アグリーコーチュア・スクール(現在のベンゲット州国立大学の前身の農業学校)、ホーリー・ファミリー・カレッジ、サントトマス大学医学部、日本本土では、鹿児島高等商業学校、東京美術学校、福岡八女工業学校、山梨県立都留高等女学校、広島市山中女学校、熊本県八代成美高等女学校、山梨高等女学校、神戸市灘高等小学校、東京市調布高等女学校などの名前が見えます。

就職先には、大日本陸軍兵器廠本部、バギオ市セッションバザー、神戸市丸吉商会、マニラ市マヨン印刷商、バギオ本願寺、満州国奉天市楠原店、バギオ市パインズ・グロセリ 等の名前が記載されています。

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以上、戦前のバギオ日本人学校の文集の一部をご紹介しました。

もし、この文集を研究などの目的でご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、
バギオ市にございます日系人団体 北ルソン比日基金(通称:ABONG)で大切に保管されていますので、直接同団体にお問い合わせください。

(尚、北ルソン日本人会のメンバーの方の場合は、代表が一部保管していますので、貸出可能です。)

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by janlbaguio | 2017-03-31 19:18 | History バギオの歴史

フィリピン・バギオ市の歴史とその周辺の日本人・日系人に関する論文、記事、小説など

Japanese community in the History of Baguio City, Philippines



バギオ市の歴史は、1901年に始まったケノン・ロード(当時のベンゲット道)
という山岳道路の建設に始まったと考えても良いでしょう。
1903年には日本人労働者が工事に参加し、その後の戦前・戦中・戦後の
日本人、日系人の歴史が刻まれています。

ここでは、バギオ市と日本人・日系人の歴史を踏まえ、インターネットで
検索できた論文やメディアの記事、推薦したい書籍などをリストアップ
してみます。

皆様のお役に立てば幸いです。



(1) Japanese Pioneers in the Nothern Philippine Highlands
http://nbdb.xeozone.net/national-book-award/japanese-pioneers-in-the-northern-philippine-highlands/

敢えて訳せば「北部フィリピン高地に於ける日本人開拓者たち」でしょうか。

1903年の日本人移民開始から2003年までの、日本人・日系人の
100年間の歴史を集大成した貴重な書籍です。
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(2) 大学などの研究者による論文


京都大学 小島勝
南方関与の多重性と教育の論理
- フィリピンとバギオ日本人学校の混血二世教育 -
1996-11-30
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/187643/1/ias_027_075.pdf



九州産業大学 森谷裕美子
フィリピン・北部ルソン社会における日系人のアイデンティティ
2014年
http://repository.kyusan-u.ac.jp/dspace/bitstream/11178/99/1/kokubun57-3.pdf



上智大学 飯島真里子
九州大学 大野俊 
フィリピン日系「帰還」移民の生活・市民権・アイデンティティ
2010年?
http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/handle/2324/16966/p035.pdf
日本には現在、40万人前後の外国籍の日系人とその家族が暮らしているが、この中には近隣アジア諸
国から「帰還」した日系人もいる。その中でも近年、急増したフィリピン日系人(戦前期フィリピンへ
の日本人移民の子孫) について、筆者たちは2008年12月から2009年3月にかけて、彼らの生活・市民権・
アイデンティティなどを探る質問票配布による全国実態調査を実施した。


九州産業大学 森谷裕美子
フィリピン北部ルソンにおける日系人と「イゴロット」の関係性
2013年
http://repository.kyusan-u.ac.jp/dspace/bitstream/11178/73/1/kokubun55-6.pdf



帝京大学 佐々木靖
コルディリエラの日系人
2011年?
https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/tandai32-02.pdf
筆者はかつてバギオで、本稿第1 章に登場するシスター海野からフィリピン日
系人の話を聞いたことがある。青年海外協力隊の隊員としてフィリピンに赴任し
ていた1986 年に、ルソン島北部を任地とする隊員たちにより開催された「北部
ルソン大会」に参加したときのことである。


東京財団研究報告書 河合弘之
フィリピン日系人の法的・社会的地位向上に向けた
政策のあり方に関する研究
2005ー6年
https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2005/01028/pdf/0001.pdf
フィリピン日系人とは、19世紀末頃から太平洋戦争終結までの間に
フィリピンにわたった日本人移民の子で、戦争によって父あるいは
両親と離れ離れになり、現地に残された人びと、およびその子孫の総称である。



JFE21世紀財団
九州産業大学  森谷裕美子
フィリピンにおける北部ルソン日系人社会の歴史的経験に関する研究

Historical Experiences of Japanese Immigrants and Their Descendants in
Northern Luzon, Philippines
http://www.jfe-21st-cf.or.jp/furtherance/pdf_hokoku/2015/a14.pdf
これまでの日系移民研究のほとんどはアメリカやブラジル、ハワイに
関するものであり、戦前、フィリピン各地にいくつもの日本人の
コミュニティが形成され、その多くが現地の人々と結婚した
り、そこで豊かな生活を送っていたりした。しかし、こうした事実を
知る者はきわめて少ない。





(3) 新聞社などメディアによる記事


マニラ新聞 シリーズ・連載
移民1世紀 第一部・1世の残像
第一回・ 「優しい道」は祖父の道
2003.01.02
http://www.manila-shimbun.com/award/%B0%DC%CC%B1%A3%B1%C0%A4%B5%AA%A1%A1%C2%E8%A3%B1%C9%F4%A1%A6%A3%B1%C0%A4%A4%CE%BB%C4%C1%FC/award130000.html


日経アジア・ギャラリー
フィリピンの高原都市バギオ
日本人街の面影

[文・写真] 澤田公伸 [古写真] 古屋英之助氏提供
https://www.nikkei.asia/gallery/vol79/79_tokushu2.pdf


マニラ新聞 NAVIマニラ
バギオ物語 第2回
フィリピンのスカイランド 高原リゾート バギオ
戦前のバギオに生きた邦人写真師
古屋正之助氏 ~アギナルド将軍とも親交~

http://www.manila-shimbun.com/navi_manila/navi_pdf/vol3/navi0309.pdf


講談社 現代ビジネス
陛下の前で涙を流した彼らは何者か
~放置され続けたフィリピン「無国籍邦人」という問題

北島純
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47673
もともとフィリピンは日本人にとって、最大の移民先の一つであった。
1903年(明治36年)、当時フィリピンを植民地としていたアメリカに
よってルソン島北部にあるバギオが避暑地として開発されることになり、
そこに至る「ベンゲット道路」(ケノンロード)の開発に従事する
ために、2000人以上にものぼる日本人が労働者として移住したのが
その先駆けである。


ヒューライツ大阪
国際人権ひろば
50周年を迎えた「日比国交正常化」の内実を問うフィリピン日系人

大野 俊
http://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section2/2006/09/50.html
日本軍の圧制に苦しむフィリピン人にとっては「ジャパニーズ・
メスティーソ」(日本人の混血)も敵視の対象となった。戦後の
日系人迫害につながるフィリピン人の反日感情は、住民虐殺を含む
日本軍の占領中の行為に起因していることを確認しておきたい。




(4) 取材や体験に基づく小説・回顧録など


バギオ周辺の歴史を知る為の推薦図書です。
(古書の場合は絶版もあります)


バギオの虹―シスター海野とフィリピン日系人の一〇〇年
2003/2
鴨野 守 著
https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%E3%83%90%E3%82%AE%E3%82%AA%E3%81%AE%E8%99%B9


思い出はマニラの海に 単行本 –
1993/8
郡司 忠勝 (著)
http://janl.exblog.jp/11457127/
https://www.amazon.co.jp/%E6%80%9D%E3%81%84%E5%87%BA%E3%81%AF%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%B5%B7%E3%81%AB-%E9%83%A1%E5%8F%B8-%E5%BF%A0%E5%8B%9D/dp/478260145X/ref=la_B001I7J140_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1489541242&sr=1-1



ルソン戦記―ベンゲット道〈上〉 (文春文庫) 文庫 –
1989/8/10
高木 俊朗 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3%E6%88%A6%E8%A8%98%E2%80%95%E3%83%99%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%83%E3%83%88%E9%81%93%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%AB%98%E6%9C%A8-%E4%BF%8A%E6%9C%97/dp/416715109X



イフガオの墓標〈続〉 (1980年) - – 古書,
1980/1
宍倉 公郎 (著)
http://library.main.jp/index/jst00025.htm
http://janl.exblog.jp/10620882/
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%95%E3%82%AC%E3%82%AA%E3%81%AE%E5%A2%93%E6%A8%99-%E7%B6%9A-1980%E5%B9%B4-%E5%AE%8D%E5%80%89-%E5%85%AC%E9%83%8E/dp/B000J6MZDA/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1489541417&sr=1-1&keywords=%E3%82%A4%E3%83%95%E3%82%AC%E3%82%AA%E3%81%AE%E5%A2%93%E6%A8%99



図南遊記 単行本(ソフトカバー) – 古書,
1913/1/1
梶原保人 (著)
http://janl.exblog.jp/18939480/
https://www.amazon.co.jp/%E5%9B%B3%E5%8D%97%E9%81%8A%E8%A8%98-%E6%A2%B6%E5%8E%9F%E4%BF%9D%E4%BA%BA/dp/B00G442QK8/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1489541791&sr=1-2&keywords=%E5%9B%B3%E5%8D%97%E9%81%8A%E8%A8%98



BAGUIO PRECIOUS MEMORIES
published by Leonides and Aurora Bautista
(published in 2012 ? )
http://janl.exblog.jp/17573251/
http://janl.exblog.jp/17888942/

 
A Century of Being Baguio
バギオ100年祭委員会 
http://janl.exblog.jp/9348137/


City of Pines
The Origins of Baguio
as a Colonial Hiss Station and Regional Capital

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(「松の都市 
  ― 植民地の高原避暑地及び地域の主要都市としてのバギオの起源」)
Robert R. Reed 著
http://janl.exblog.jp/6223626/



北ルソン日本人会のサイトの内「バギオの歴史」の索引はこちらです:
過去の記事の一覧
http://janl.exblog.jp/i10/8/


==ご注意==

この情報は 2017年3月15日現在のものですので、
リンク切れの場合はご容赦下さい。

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by janlbaguio | 2017-03-15 11:27 | History バギオの歴史

バギオ・フラワー・フェスティバル 2017 新撰組とピカチューが参加

Baguio Flower Festival Panagbenga 2017 Pikachu/Pokemon/Shinsen-gumi
Baguio Cosplay Community and Japanese Association in Northern Luzon


2017年2月26日、日曜日。
フィリピンでも最大級のお祭りバギオ市のPANAGBENGA フラワー・フェスティバル
一番の出し物である「グランド・フロート(花車)パレード」が実施され、
北ルソン日本人会はバギオ・コスプレ・コミュニティーの一員として、
ポケモン・ピカチューをテーマとしたコスプレと新撰組のパフォーマンスで参加しました。

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マニラ新聞でもその模様が掲載されました:
http://www.manila-shimbun.com/category/society/news228143.html

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youtubeで動画もお楽しみ下さい:

北ルソン日本人制作の動画
https://www.youtube.com/watch?v=h-lKdkPJaDU&t=52s
video by Koji Imaizumi

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SKYケーブル・テレビの中継録画。
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https://www.youtube.com/watch?v=iyB1PoG1pfY&feature=share
新撰組の踊りやピカチューの行進は 
CMの後 5:40分の辺りから始まります。


Panagbenga Festival Parade 2017 Jared Matthew Sewell
https://www.youtube.com/watch?v=Gt64v3u4Gtg
バンド演奏の後、5:45分ぐらいからご覧ください。


PICA-CHU! Panagbenga Festival 2017 CosPlay Community Parade
https://www.youtube.com/watch?v=iNBkoEB1B9E


フラワー・フロート(花車)を一覧するには、こちら:
The colourful Baguio Flower Festival 2017
https://www.youtube.com/watch?v=n3eQYEakUSc
ピカチューも 3:40分ぐらいに出てきます。

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「新撰組」衣装制作の苦労話を 北ルソン日本人会のメンバーのI氏から頂きました:

(以下投稿/一部編集)====

「新選組!」衣装制作は去年の9月から始めましたが、今、思い返すと幾つかの苦労がありました。最初の苦労は衣装代を如何に安く抑えるかでした。「新選組!」というからにはなるべく多くの希望者を集める必要があった為です。

1人あたり4,000~5,000ペソかければこれから話す苦労は大幅に軽減出来たとは思いますが、それでは「一人でも多くのメンバーに参加してもらいたい。」という趣旨に添わなくなります。当初考えたのは、局長、副長に加え1番隊から10番隊各隊長の合計12人でしたが、それは無理でもなんとか10人は集めたいと考えていました。結果的には正規の隊士という意味では8人でしたので、この点では目標未達です。

次に訪れた苦労は、やっと見つかったテーラーさんがメンバーの採寸を済ませ制作に取り掛かったものの、諸問題が発生し、迷いに迷い、難しい決断でしたが、クリスマスやニューイヤーの休暇を控え残された時間も考えた末、別のテーラーさんに依頼して1から再スタートするという厳しい決断をしました。

この時、すでに11月後半に差し掛かっていたかと思います。私の娘の話では、着物や浴衣を縫える人はある程度存在するそうですが、袴となるとバギオでは限られた人しか縫えないそうです。

最後に待っていた苦労は予算の都合もあり、「額当て」や刀、「隊旗」などの小物や道具は、なかば自己制作になってしまい、額当てはメンバーのYさんご夫妻、刀は娘とその友達、そして最後に私と娘で隊旗を制作したんですが、これが予想外の困難を極め、お隣の大工さんにほぼ無償で旗の枠組みを作ってもらい、旗の生地選び、しかもそこに塗料が中々上手く乗らず、パレードまでの残り3日は、昼間は材料等の買い直し等で何件も店をまわり、夜は深夜まで隊旗の制作に追われても上手く行かず、「隊旗は諦めるしかないかな。」という声をささやいていました。

以上、私ばかり苦労したように書いてきましたが、実際には、衣装制作の9割位を趣味でコスプレーヤーをしてる娘に頼ったんです。8人それぞれの袴の色を指定したものの、たまに確認しに行くとやはり上手くテーラーさんに伝わっておらず、自分で何軒も生地屋さんを回って、入手した生地をテーラーさんに持ち込んでいたそうです。平日昼間は毎日学校へ通っていた事を考えると、大変だったかと思います。

最後に、パレード当日の隠れたエピソードなんですが、先述の大工さん一家が「あのフラッグはお父さんも一緒に作ったんだぞ!」と子供に誇らしげに語りながら観戦してくれたそうです。

======

以上の投稿は衣装制作担当のI氏からですが、
今回のイベントから本格的にリーダーシップを発揮していただいた副代表H氏には
バギオ・コスプレ・コミュニティーやフラワーフェスティバル財団との調整にご苦労いただき、
練習の場所を提供していただいた名誉会長Y氏を始め、多くのメンバーの
皆様にご協力をいただき成功を収めることが出来ました。

また、岡山から遠路応援に来ていただいたご夫妻には和太鼓搬送と水補給の係りを
お願いし、公式フォトグラファーとしては、いつもお世話になっている I監督にお願いしました。

心より感謝を申し上げます。

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以下、いくつかのスナップ写真をご覧ください。

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(photo by: Baguio City Guide)

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(photo by: Baguio City Guide)

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(photo by: Baguio City Guide)


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(photo by : Darwin Pitlongay)

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(photo by: Darwin Pitlongay)

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(photo by: Ric Maniquis)

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(photo by: Rick Maniquis)

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(photo by : Ongchangco)

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(photo by: Koji Imaizumi)

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(photo by: Koji Imaizumi)


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(photo by: Koji Imaizumi)
バギオ市の姉妹都市である 埼玉県羽生市の市長や議員の皆様もパレードに参加されました。

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(photo by: Ric Maniquis)
バギオ市の目抜き通り セッション通り周辺は毎年黒山の人だかりとなります。


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横断幕のロゴは以下の団体のものです:
バギオ市
バギオ・フラワー・フェスティバル財団

Sakura Terras(サクラ・テラス日本料理店)
Japanese Association in Northern Luzon, Inc.(北ルソン日本人会)
Pandra's Box Cafe(パンドラズ・ボックス・カフェ)
Otageki Cosplay Association, Inc.(オタゲキ・コスプレ協会)


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(photo by : Noel Claridad )

上記写真の中の 4名がOTAGEKIのピカチュー制作チーム、そしてその他は
ピカチューの中に入った バギオ大学コスプレ・サークル「可愛い家族」の
若者たちだそうです。 裏方さん達にしっかり支えていただきました。

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会員の個人サイトで他の写真家によるスナップ写真をもっとご覧いただけます。
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/02/panagbenga-2017.html

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楽しいひとときを有難うございました。



   


   
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by janlbaguio | 2017-02-28 14:33 | Activity 活動内容

「バギオ歴史探訪アート・マップ」で 1930年代のバギオ市を再現

Baguio Historical Walk Art Map: Baguio city in 1930S
2011年4月に「バギオ歴史探訪マップ」を作ろうという分科会が 北ルソン日本人会
の中に出来ました。
http://janl.exblog.jp/12355392/


それから、6年。 
本日2017年2月22日に、「バギオ歴史探訪アート・マップ」が完成し、
お披露目会が開催され、関係者が集まってお祝いをしました。

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会場は、1909年に建築された CASA VALLEJO ホテル という歴史的建物の
中にある Mt. Cloud Bookshop。

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この マウント・クラウド書店は、大変ユニークな書店で、バギオ周辺の
山岳民族などに関する地元密着の様々な書籍や写真集、絵本などの出版を
支援し、セミナーなども開催しています。

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お披露目会には、様々な形で応援をしてくださった関係者などが集まりました。

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その中でも一番の資料となった書籍は、2003年に日系人会である北ルソン比日基金
から、日本人移民100周年記念として出版された Japanese Pioneers in the
Northern Philippine Highlands という立派な本です。

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北ルソン日本人会代表の挨拶に続いて、
バギオ博物館の理事から、最近のバギオ市に於ける歴史遺産保存に関する
動向などが解説され、その中でも特にフィリピン大学バギオ校の教授などが
調査研究を進めている 歴史遺産マッピング・プロジェクトなどが紹介されました。

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また、以下の記事をバギオ・ミッドランド新聞に寄稿していただきました。

The below News Paper article was found at Baguio Midland Courier website written by Ms. Stella Maria de Guia :

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:G5K8VzCzHxcJ:www.baguiomidlandcourier.com.ph/turo.asp+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

Turo-Tour - Baguio Midland Courier Website
www.baguiomidlandcourier.com.ph/turo.asp
1. キャッシュ

2017/02/26 - As mentioned during the launching of Hidenobu Oguni's Baguio Historical Walk Art Map at Mt. Cloud Bookshop, 2016 and 2017 are auspicious years for Baguio. Not only because these years brought and are bringing several ...


Reliving heritage


As mentioned during the launching of Hidenobu Oguni’s Baguio Historical Walk Art Map at Mt. Cloud Bookshop, 2016 and 2017 are auspicious years for Baguio. Not only because these years brought and are bringing several projects and programs to the fore, but also because it has signaled the reawakening of public consciousness on Baguio’s culture and heritage.

Heritage is defined as a milestone, a special inheritance which focuses on culture, tradition, buildings, edifices and old practices, which should by any means be preserved, conserved and restored – not destroyed, remodeled and forgotten. What took years to metamorphose cannot be replaced by grandiose ideas of development, whether it is meant to beautify or revitalize. Neither could it be a signature or legacy to one’s development plans. One must have a certain respect for history and culture.

I actually borrowed the title of this article from a recently concluded forum of the Department of Architecture of Saint Louis University convened by architects Joan Colcol and Victor Alinio and endorsed by Engineer Cynthia Posadas and SLU Director Rosario Marfori about “Reliving Heritage” by Dr. Dennis Cremin.

Dr. Cremin is an expert who won the Book of the Year award from the Illinois State Historical Society in 2004 about “Grant Park, Chicago’s Front Yard.” Dr. Cremin starts with the question, “How do we foster architecture and engineering as a way to connect to the past?” He then proceeds to focus on art, culture and heritage of the 21st century, and mentions that “history is a litmus test for the future.”

Architect Cristito Valdivia, the very able and humorous emcee of the affair, also commented on the importance of people in architecture and alluded that. It should be a live experience. This was followed by the reaction of the “Father of Architecture in Baguio,” first City Architect Joseph Alabanza, who mentioned that we must make history live again; that new developments must consider the past and must capture its memories so it comes to us again; that the city must create an urban design committee that would strategically define development in Baguio and seconded the sentiments of Arch. Valdivia. He says that the landscape of Baguio is unique and was made to inspire and to consider the feelings of visitors and residents, seemingly evoking nostalgia of “what do I feel about this particular building?”

These reactions bring me back to the theme of the “2004 First Tourism Summit,” which is, “A review of the past a drive towards our culture and heritage.” In this summit, former Department of Tourism Sec. Gemma Araneta enumerated some of the goals of the Heritage Conservation Society which she headed, which are: 1.) the restoration of heritage is not an obstacle to progress, 2.) an efficient 21st century lifestyle can take place in the same architectural envelope made by earlier generations, 3.) the restored heritage structures are excellent tourism products that can make the Philippines, especially Baguio a unique destination, and 4) heritage conservation can awaken “pride of place.”

From these goals we can say that when making development plans, one must consider heritage buildings already in place and see how they can enhance certain architectural landscapes. Hence, such plans must be integrated into master development plans and should consider the presence of culture bearers and overseers. The bottom line is we must consult first, before any developments are put in place. By and large, I believe the planners of today should get a copy of the outputs of this 1st Tourism Summit to get an inkling of people’s inputs on heritage development.

The Baguio Heritage Mapping and Capability Building on Heritage Conservation of Doctors Rowena Boquiren, June Prill Brett, and Clarita de los Reyes supported by the University of the Philippines College Baguio Educational Foundation, the Pine Cone Movement headed by Mita Dimalanta and the Baguio Heritage Foundation of Laida Lim Perez, is one program worth supporting. I know the City of Baguio is listening. Reliving and revival of heritage is a very welcome development provided it undergoes a process of consultation. That is the culture of Baguio (will expound on this in another article).

The three “beloved witches” or “switches” of Baguio, Virginia “Gene” de Guia, Leonie San Agustin, and Cecile Afable must be dancing up there in the sky as their beloved Baguio is experiencing a reawakening. We must also credit the efforts of the Fernando and Rosa Bautista Foundation and the City of Baguio for creating heritage maps during the 2009 centennial celebrations. Congratulations culture bearers! There are still many of you out there that we have not been mentioned. Hopefully we can come together to further awaken cultural sensitivity.

We invite art and culture lovers to join us in the opening of the “Din Adi Kaila Art Exhibit,” a celebration of Environment Week, by Rochelle Bakisan Kizel Cotiw-an, and Ron Dulay on March 4 at 4 p.m. at the Baguio Museum Gallery at Gov. Pack Road.

Happy Panagbenga!

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表の面は 1930年代のバギオ市を描いたアート・マップ。
マップ・オブ・ノスタルジー」をコンセプトとして 戦前の美しいバギオを懐かしむものです。
ここには、フィリピン、スペイン、ドイツ、イタリア、アメリカ、中国、インド そして日本など
多くの国々からの人々が築いてきた 人種のるつぼとしてのバギオが表現されています。

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その1930年代の地図を描いたのは、フィリピン大学バギオ校美術学部を卒業した
女性アーティスト。
数年前から、日比友好月間のイベントなどで、美術制作などを引き受けて
くれている人です。

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裏の面には、現在201X年のバギオ市に残っている歴史的遺産と主な観光スポット
だけを描いたもの。
このコンセプトは、「マップ・フォー・ザ・フューチャー」。
未来のバギオ市のために、歴史遺産に関して今できることを、若者たちに
考えてもらおうという気持ちが込められています。

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これを描いてくれたのは、フィリピン大学バギオ校美術学部の現役男子学生です。

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そして、レイアウト・アーティストも、同じ大学学部卒業の女性アーティスト。
この3名さんが制作メンバーとして 9ヶ月間頑張ってくれました。

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お披露目会の後は、すぐお隣のカフェで、関係者の懇親会が開かれました。

上の写真の右側に立っているのが 書店のオーナー。
Mt. Cloud Bookshopからいくつかのバギオ市内のレストランなどにも
置いてもらうことになっています。

その前に座っている日本の羽織を着ている方は、Baguio Heritage Foundation
(バギオ歴史遺産財団)の理事長。

手前で地図を見ているのは、日本人の映画監督。

さらに左側のお二人は、フラワー・フェスティバルのパレードに北ルソン日本人会の
メンバーとして参加するために滞在中の日本人ご夫妻。

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右側のお二人は、北ルソン比日基金(日系人会アボン)の理事と事務局長。
その向こう側にはフィリピン大学バギオ校卒業生と現役生たち。

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左手前のお二人は、バギオ博物館の理事とスタッフ。
その向こう側には、地元の歴史研究家で、上記の日系人会の書籍や
City of Pines というアメリカ人の著者によるバギオの歴史本の制作にも
関わった女性。

さらにその向こうには、北ルソン日本人会のメンバーや日系人会のスタッフ。

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(photo by: Ricky Marcelo)
この会場で、ふたつのアート・マップの額縁が日系人会アボンの事務局長に手渡されました。


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多くの皆さまにご協力いただき、この日を迎えることが出来たことに感謝を
申し上げます。

このお披露目会の様子は、こちらのYOUTUBEでご覧になれます:

https://www.youtube.com/watch?v=tOwneY-TMjY

マニラおよび地元の新聞にも掲載されました:

マニラ新聞
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Northern Philippine Times
Baguio historical map launched
Sunday, March 5, 2017
http://northphiltimes.blogspot.com/2017/03/baguio-historical-map-launched.html


マニラ新聞の NAVI マニラ にも掲載されました:
「戦前の日本人移民ゆかりの街を紹介する: バギオ歴史探訪アートマップの完成まで」
http://www.navimanila.com/baguio-historical-walk-art-map-baguio-city-in-1930s/


  
今後、この関係団体の皆様のご協力をいただきながら、
日比友好月間のイベントの中で、「バギオの歴史遺産を描くワークショップ」や
「歴史遺産絵画展」などを、ハイスクール生、大学生、一般の市民の皆さんと
一緒にやれないか、企画検討して参ります。



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なお、お披露目会で使用された二つの額縁に入った地図は、
感謝を込めて、北ルソン比日基金(アボン)に寄贈されました。

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その後、アボン会館の中に掲げられています。
機会がありましたら、どうぞご覧ください。

最後に、このプロジェクトのきっかけを作っていただき、様々な戦前のバギオ市の
様子を一緒に歩きながら教えていただいた、バギオ日本人学校同窓会の
古屋英之助様に心よりの御礼を申し上げます。



地図の販売・購入に関してのお問い合わせは
Mt. Cloud Bookshop へお願いいたします。

https://www.facebook.com/mtcloud/

http://mtcloudbookshop.com/



  
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by janlbaguio | 2017-02-23 00:58 | Activity 活動内容

バギオ・フラワー・フェスティバル パレードの準備 進行中

毎年恒例の フィリピンのお祭りの中でも トップクラスである
Baguio Panagbenga Flower Festival フラワー・フェスティバル。

2月1日にそのシーズンが開幕し、3月の第一週ぐらいまで続きます。

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昨年までは、バギオ・コスプレ・コミュニティーからの お誘いで、
北ルソン日本人会もそのひとつのグループとして参加させていただいて
いたのですが、今年は、そのコスプレ・コミュニティーからの話がなく。

断念していたところ、フラワー・フェスティバル財団の方から、SLU大学CCAディレクター
経由で、北ルソン日本人会(JANL)に直接のお誘いがありました。

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そこまでは良かったのですが、コスプレ・コミュニティーと一緒に その内容を
伺いに行ったところ、今年からは様々な制約条件が付けられ・・・・・
その条件にどのように 応えるかを 検討中。

その中で、JANLとしては 様々な困難を乗り越え、ある「出し物」をやることを
有志のメンバーで決定。

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2月11日と18日に その練習会をやることになりました。

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その練習風景が これです。
若い女性の振り付け指導を受けています。

フラワーフェスティバルの最大のイベントは、
2月25日(土)の ダンシング・パレード と 26日(日)の フラワー・フロート(花車)
パレードです。

JANLは、26日 日曜日の花車パレードの中で、 コスプレ・コミュニティーと一緒に
ある出し物をご披露することになりました。

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どんなものが飛び出すのか、是非ご期待ください。

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(photo by Yoshihara)

フラワー・フェスティバルのパレードの日は、バギオ市は大渋滞、大変混雑します
ので、どうぞご用心ください。



    
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by janlbaguio | 2017-02-12 22:28 | Activity 活動内容

第10回記念 新春祝賀会 - Japanese Association in Northern Luzon, Inc.


2017年1月7日、北ルソン日本人会は、お陰様で 記念すべき10回目の
新春祝賀会を開催することができました。

2007年8月26日に10家族で結成されたJANLは、
現在17家族50名のメンバーで、小さいながらも、地元の皆様に支えられ
Collaboration of Japanese and Filipino Cultures の旗を立てて
日比友好の為に尽力しております。

今までの10年の歩みを御支えいただいた皆々様に心よりの御礼を申し上げます。

ーーーー

以下、新春祝賀会のスナップ写真を御一覧ください:

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The 10th New Year Celebration of Japanese Association in Northern Luzon, Inc.


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日本文化とフィリピン文化のコラボレーション


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「明けまして おめでとうございます!」
多くの御来賓の皆様にご参加いただきました。

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バイオリンとギターの音楽でお出迎え。


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ドモガン・バギオ市長にご挨拶する JANLの名誉会長と副代表の皆さん。

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元日本国名誉総領事のカルロス寺岡様にもお越しいただきました。

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「日比友好・七夕祭」を バギオ市の行事とする条例を2012年11月に作って
いただいた 元市議会議員の タバンダ弁護士夫妻。
また、元ライオンズ・クラブ会長や ZONTAクラブの北ルソン地区副理事の皆様の姿も。


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JANL副代表の司会で 第10回記念新年祝賀会が始まりました。

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(photo by Mr. H. Yoshihara)

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開会のお祈りは フィリピン式。
JANLのフィリピン人理事にお願いしました。

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(photo by HY)

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JANL代表の ご挨拶。

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(photo by HY)

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元市議会議員 ベティー・タバンダ弁護士の祝辞。

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(photo by HY)

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下院議員 マーク・ゴー氏も 多忙な中を駆けつけて下さいました。

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(photo by HY)

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マウリシオ・ドモガン バギオ市長の祝辞。

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(photo by HY)

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カルロス寺岡 元日本国名誉総領事・フィリピン日系人会連合会会長のスピーチ。
10年前の北ルソン日本人会の結成の時から、ご助力とご指導を受けて参りました。

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(photo by HY)

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御来賓の皆様と一緒に、JANLの10年の歩みを振り返ることとなりました。

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(photo by HY)

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そして、JANL名誉会長の「乾杯」の音頭。

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「かんぱ~~い!!」

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(photo by HY)

ライオンズ・クラブ元会長、 元市議会議員、 国会議員、 市長、 元名誉総領事の皆様。
ご臨席をいただき有難うございました。
    

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年に一度きりの「おせち料理」を皆様にご賞味頂きました。


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(photo by HY)

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バギオ博物館、北ルソン比日基金(アボン)、元ライオンズ・クラブ会長などの皆さん。

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(photo by HY)

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(photo by Mr. Castillo)
バギオ大学・コスプレサークル「可愛い家族」、 Bag-iw アート・ソサイアティー、
Otageki コスプレ協会の皆さん。


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(photo by HY)

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北ルソン比日基金(アボン)、 バギオ・シネマテーク、 フィリピン大学美術学部、
Otageki コスプレ協会の皆さん。
日比友好月間のイベントで 大きな力となって下さる地元の方々です。

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環境NGO、ゲストハウス、国際交流基金日本語パートナー、
そして 様々なイベントでお世話になっている英語学校の皆さん。

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(photo by HY)

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日頃からJANLを支えていただいているメンバーの皆さん。

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祝賀会の裏方として 御協力いただき有難うございました。

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Thanks a lot to all the supporters and members for joining our
10th New Year celebration of Japanese Association in Northern Luzon.

Sincerely yours,








               



                

              
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by janlbaguio | 2017-01-12 00:04 | Activity 活動内容

Happy New Year from JANL: 北ルソン日本人会から新年のご挨拶

皆々様、
明けましておめでとうございます。

北ルソン日本人会一同より 新年のご挨拶を申し上げます。

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北ルソン日本人会は、 2007年8月26日(日) 友引の日に結成され、
9月29日に 第一回の創立総会を実施しました。
http://janl.exblog.jp/6240627/

    
今年2017年、北ルソン日本人会は10周年を迎える記念の年となります。

特に、毎年7月、8月に多くの皆様の御協力をいただいて開催してきた
バギオ日比友好月間のイベントは、 2016年に 第7回バギオ七夕祭り、
そして 地元の若者による第5回コスプレ・七夕祭り を数え、日本映画祭や
各種展示など、日本国大使館、国際交流基金、JICAなど多くの機関、団体、
グループ、個人の皆様のご支援・御協力によって支えられて参りました。


新しい年にも、地元の皆様とのコラボレーションを旨として、
日比友好に寄与し、メンバー相互の情報交換や相互扶助の役に立てる
日本人会として、微力を尽くしたいと念じております。

本年も宜しくお願い申し上げます。
              

北ルソン日本人会一同




    
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by janlbaguio | 2017-01-01 17:39 | Activity 活動内容

日系人会(北ルソン比日基金・北ルソン友交協会:アボン)のクリスマス in バギオ

去る12月11日にバギオにある日系人会(通称:アボン)で、恒例のクリスマス会が開催され、ご招待を受けました。

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アボンでは、小学生から大学生まで、多くの子供たちを奨学金で支援している団体です。

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今年は賑やかな、子供たちのマーチング・バンドの演奏で始まりました。

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奨学生の一人が サックス演奏を披露。 なかなかの腕前です。

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そして、戦前の一世から繋がる親族グループの紹介がありました。

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その戦前にバギオへやってきた日系一世(日本人)の写真でルーツを確認する
カルロス寺岡理事長とカバニサス事務局長。

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今現在 最大の親族グループは この家族でした。
一番小さい子は 日系六世だと思います。

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理事長の御挨拶。
今年2016年は 戦後70年ということで、天皇・皇后両陛下がフィリピンを訪問されたことにも言及がありました。

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そして、新事務局長の紹介がありました。
2016年12月の理事会で アーネル・カバニサス氏が事務局長に就任されたそうです。

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子供たちのパフォーマンスが続きます。
これは、山岳民族の衣装を身につけての、空手の演武です。
(どちらかと言えば、カンフーのような動きでした。)

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そして、お馴染み バギオ市周辺の山岳民族の踊り。

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これは宣誓式です。
毎年 奨学生たちの活動の中心メンバーが選出され、任命式がこのように行われています。

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この踊りは フィリピンのローランド(低地)の一般的なフォーク・ダンスの演技です。
小さい子供たちは興味津々でした。

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こちらは 今時のダンス。

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お楽しみのクジ引きの賞品を渡す ルカノ副理事長。

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そして、子供たちが待ちに待った サンタさんからのプレゼント。


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最後は 恒例となった 世代ごとの記念撮影。
これは 日系三世の皆さん。
(撮影者が日系二世の組に入れられたので、二世の写真は撮影できず。)


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日系四世の皆さん。

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日系五世の皆さん。  この後 六世の小さい子供たちもいました。

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日系人会 ABONG の益々のご繁栄をお祈りいたします。

MERRY CHRISTMAS !!






  
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by janlbaguio | 2016-12-23 15:19 | Neighbers ご近所情報

フィリピン・バギオのクリスマス行事 Christmas in Baguio city 2016

高原都市バギオは、避暑地、学園都市、芸術都市、そして観光地の顔など、さまざまな顔があります。

2月のフラワー・フェスティバルは全国区の最大のお祭りですが、
毎年12月には クリスマス・イベントが目白押しとなります。

例えば、12月1日には、クリスマス・シーズンの開幕という位置づけで、
大きなパレードが実施されています。

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これは、セントルイス大学による盛大な「ランタン・パレード」です。

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目抜き通りも クリスマス・ムードで埋め尽くされます。

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様々な国の衣装を着た学生たちが、灯りをともして練り歩きます。

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光に彩られた山車も学生たちが制作したもの。

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身体にいろいろと工夫した灯りがともされています。

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中には、やや日本っぽい 提灯行列もありました。

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12月も イベント満載の 避暑地バギオ。
・・・・・
ランタン・パレードのスナップ写真は JANLメンバーの個人サイトにも御座います。
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2016/12/opening-of-chri.html
・・・・

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これは、バギオ市 観光局制作の 12月のカレンダーです。
是非、クリスマスと大晦日を フィリピン・バギオでお楽しみください。

また、スポーツが御好きな皆様には、サッカー観戦はいかがでしょう。

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これは、12月3日と4日の二日間に渡って開催される
「ドモガン市長カップ」のサッカー大会です。
北ルソン日本人会の子供たちのチームも参加します。

さらに、12月4日には、
毎年恒例となった「第7回・アジア太平洋国際平和慰霊祭」が、日本人の映画監督
今泉氏の御尽力で開催されます。

今年は、戦争中に抗日ゲリラの拠点であった、Camp Utopia (ユートピア基地)が近くに
あった ベンゲット州のカパガンという町の町役場ホールで実施されます。
この様子は、4日11AM-1PMに AMラジオ局 DZWT540 でルソン島北部一帯で
生放送されることになっています。
http://www.baguiomidlandcourier.com.ph/life.asp?mode=+archives%2F2016%2Fnovember%2F11-20-2016%2Flife7-Kapangan-to-host-7th-Intl-Peace.txt

=====

これは北ルソン日本人会の子供会主催のイベントですが、
12月20日に「ボーリング大会」が予定されています。
(詳しくは JANL会員のメーリング・リストなどでご確認ください。)


  
以上、ご案内まで。



    
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by janlbaguio | 2016-12-02 23:57

東京で 「比国育英会バギオ基金」の 創立35周年記念祝賀会が開催されました

2016年9月13日に フィリピン・バギオ市で奨学金制度を支援してきた「バギオ基金」が
その 創立35周年記念の祝賀会を開催しました。

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この「バギオ基金」は、 日本のロータリー・クラブの有志の皆様で結成された基金で、
こちらのサイトに詳しい案内がございます。
http://www.baguiofund.or.jp/baguio3.html

また、バギオ基金からの支援で 奨学金の運営を実施している バギオ市の
北ルソン比日基金(通称:アボン)については、こちらの資料をお読みください。
http://www.baguiofund.or.jp/baguioPDF/2014.03Vol.41.pdf


さらに、このルソン島北部山岳地帯の日系人の為に 最大の貢献をされた
シスター海野については、こちらに詳しい記事があります:

「移民1世紀 第1部・1世の残像
第10回 ・ 日系人社会の再生願い」

http://www.manila-shimbun.com/award/%B0%DC%CC%B1%A3%B1%C0%A4%B5%AA%A1%A1%C2%E8%A3%B1%C9%F4%A1%A6%A3%B1%C0%A4%A4%CE%BB%C4%C1%FC/award130104.html



今回の祝賀会は、東京のニュー・オータニ・ホテルで盛大に開催されました。
そのスナップ写真を以下に掲載いたします:

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バギオ基金会長 坂本俊男氏の 開会の辞


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名誉会長 前川昭一氏の 経過報告


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来賓紹介 - 司会 副会長 斉藤実氏、アシスタント ワンゲット氏

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御挨拶
駐日フィリピン共和国特命全権大使代理
公使兼総領事 
マリアン ジョセリン R. ティロル イグナシオ 氏

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御挨拶
北ルソン比日基金理事長  カルロス寺岡 氏

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奨学生および留学生の紹介

左側8名は現在奨学金を受けている大学生の代表。
右側は 現在日本に留学中の5名と 卒業生たち。

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奨学生・留学生代表の挨拶
レイン カルシ 氏

・・・・・・・

この後、乾杯と アトラクションが続きました:

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奨学生たちによる 北部ルソン島山岳地帯の 民族の踊り。

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「バギオ高原の歌」、「ふるさと」 の合唱


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お馴染み フィリピンの「バンブーダンス」。

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そして、閉会の辞のあとには、「手に手をつないで」 の合唱。

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250名ほどの参加者の皆さんが大きな輪を作りました。

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今後とも支援の輪が広がることを期待しております。

・・・・・

以下は、奨学生、留学生たちのスナップです:


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北ルソン日本人会も 代表が ご招待を受け、参列させていただきました。

素晴らしい祝賀会にお招きを頂き 御礼を申し上げます。



    

      

  

  
                       


      



















 
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by janlbaguio | 2016-09-14 22:39 | Neighbers ご近所情報