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「バギオ アイ・シャル・リターン物語」    加藤 卓 著



 第2次世界大戦の最中、時のアメリカ軍太平洋方面軍最高司令官マッカーサー将軍が、日本軍の猛攻に耐えかね、フィリピンを脱出したときに発したとされる「アイ・シャル・リターン(私は戻る)」は、日本の教科書にも載っている言葉として有名です。フィリピンでも小学校で勉強します。

 フィリピン人の教育程度は非常に高く、アメリカの庇護下にあったからか、ほとんどの人が英語を話します。
ただ、どこの国でもいますが、子供に普通の教育を受けさせない親もいます。農場で働かせたり、奉公に出したりで、金を稼がせています。そんな子たちが大きくなると、就職の難しいこの国では生活するのもたいへんです。

どこの世界にも夜が来るように、バギオにも夜が来ます。インターネットカフェ、カラオケ、そしてクラブと呼ばれる飲み屋が繁盛しています。
クラブに入ると、若い女の子達が迎えてくれます。みんな、それなりの衣装をまとった女性たちです。一つのクラブには十数人いるでしょうか。踊りをおどる女性もいれば、ただ座っている女性もいます。

お客さんは店に入ると適当な席に座ります。ママさんと呼ばれるちょっと太った女性が女性を連れてきますが、別に「いらない」と言って踊りを見ながら、一人で飲んでいても良いです。料金システムは店によって違いますが、お客が飲むビール1本は約50ペソ(市販価格約40ペソ)ですが、どの店でも、同席した店の女性のビールは1本・約300ペソ以上も取ります。これが店と彼女たちの儲けになります。フィリピンの公定日給は220ペソ程ですから、かなりなものです。ビールの銘柄はサンミゲル・ビアがほとんどです。
この300ペソの内、200が店に、100が彼女たちの取り分になるそうです。そういうことですから、お店にしても彼女たちにしても、となりに座らなければ仕事になりません。

ある日、外国人がクラブにやって来ました。アメリカ人でしょう。席に着くと周りを見渡し、ママさんに遠くに座っている若い女の子を指名しました。
「ほれ、ご指名が来たよ、いきなよ」ママさんは当然、彼女を引っ張っていこうとします。「え~、あたし、英語わかんないよ~」彼女は外国人を見て、困った顔で言いました。
「いいんだよ、相手は酔っぱらっているんだから、適当に相手してりゃあ~」
「え~でも~」
「いいから、とっとと横にお座りな」
もうこうなると力ずくです。仕方なく、彼女は席に着きました。彼女にしても外人の相手は初めてです。すごい緊張感を感じていました。しかし外人はそんなこと気にもとめません。取りあえず、話の接ぎ穂で、名前を聞きました。
「ホワットイズユアネイム?」
彼女の眉毛がハの字になってしまいました。なに言ってんだろ。でもなんか言わなきゃ、と言うことで、答えました。
「サンミゲル・ライト!」
そりゃ~ビールの銘柄だろう、、、。
近くで聞いていた英語の分かる同僚の女性たちが、一斉に吹き出しました。

 そんな彼女たちにも天敵がいます。
 保健所の役人です。突然、やって来ます。店の営業許可や、彼女たちのライセンスを調べます。彼女たちはシティホールと保健所で「エンターティナメント」としてのライセンスを取得していなければなりません。保健所では血液検査やHIV等の検査を定期的に受けなければなりません。許可された人だけが俗に「ピンクカード」と呼ばれ、飲み屋などで働ける「エンターティナメント」の許可証を所持出来ます。ただし、ほとんどの女性が、持っていません。

 保健所の役人が突然やって来ました。「はい、みなさん、お静かに、許可証を見せて下さい」みんな、あちゃ~と顔を見合わせ、ため息をつきました。このお店で持っていたのは一人だけでした。「はい、はい、持っていない女性は、すぐに店から出て行きなさい」役人は容赦しません。「いいじゃないか、みんなでやってんだから」文句の一つも言いたくなります。彼女たちにしても死活問題です。ですが、「ダメ」役人はそっけないです。

 彼女たちは、役人のやり方に憤然としました。この日の稼ぎも全部パーです。自分たちの運の悪さに意気消沈しました。彼女たちだって好きでやっている訳ではありません。その日暮らしの人間にも、誇りはあります。店の出口に向かう階段で、彼女たちの一人が役人に叫びました。
「アイ・シャル・リターン!」
 

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by janlbaguio | 2007-09-24 00:02 | 会員 エッセイ・コーナー

生活便利帳 in バギオ

 
このコーナーは 会員が歩いて集めた 生活に密着した情報を 掲載する予定です。

ご期待下さい。

 
 
 
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by janlbaguio | 2007-09-23 23:53 | 生活便利帳inバギオ

「バギオ サヨテ・タップス物語」 その1  加藤 卓 著

 サヨテとは、フィリピンの庶民的な食べ物で、味は、甘くないウリのようです。温かいスープなどに入っていると味が染み込み、それなりに美味しい食べ物です。山間部の斜面を利用して栽培されていますが、日持ちが良いため、野菜などが作れない場所へのおみやげとしても重宝されています。

 蔓性の植物ですが、雨期になるとどんどんわき芽が出ます。そのわき芽も食べます。タップスと呼びます。栄養的にも良い食べ物ですが、しょせんわき芽ですから安いです。
 サヨテが作られるバギオ市やベンゲット州の山間部には、第2次世界大戦で財宝を隠したとされる山下将軍の伝説が今でも残っています。「山下将軍の地図かあるのだが、読んで欲しい」などと言って近づいて来る人が必ずいますが、かなり怪しい。実に怪しい。

その山下将軍はマニラの南にあるモンテンルパ刑務所で処刑されました。大戦後は日本人捕虜収容所になっていたところです。今では、フィリピンの長期刑刑務所になっています。
そのモンテンルパ刑務所に無期懲役刑の兄を持つ妹がいます。兄は服役してすでに12年になりますが、妹は久しぶりに、兄に会いに行くことにしました。しかしルソン島の北に位置するバギオ市からマニラ市南のモンテンルパまで、長距離バスと中距離バス、ジプニーとトライシクルを乗り継いでの長旅です。おいそれと会いに行けるわけでもなく、費用もかかり、多額の借金をして行くことになりました。

妹がモンテンルパ刑務所の兄に会いに行くことが知れたのでしょうか、深夜バスの乗り場に、人が集まって来ました。モンテンルパ刑務所に友人を持つ人、知人を持つ人、息子を持つ人などです。皆、それぞれの友人や知人に託す手紙や品物などを妹に預けました。
その人たちの間に、一人の老婦人がいました。モンテンルパ刑務所に死刑囚の息子がいると言いました。老婦人は両腕に一抱えのサヨテ・タップスを持っていました。老婦人は目に涙を浮かべながら「私も息子に会いたいが、貧しくて行くことは出来ない。どうかこのタップスとお金を息子に渡して欲しい」と言って、一抱えのサヨテ・タップスと、150ペソほどの現金を妹に渡しました。

150ペソは日本円にして約380円ほどでしょうか。彼女にとって、今あるだけのお金でしょう。
妹は老母の境遇がわかりました。サヨテ・タップスとお金を渡されても、言葉が出ませんでした。ただ頭を、コクンコクンとうなずくだけでした。
未だ司法制度の未整備なこの国では、えん罪などがあり得ます。彼が本当に犯罪を起こしたかどうかはわかりませんが、今は大統領令によって死刑の執行が一時的に止められているだけです。いつ何時、執行されるか分かりません。老母はきっとその前に一目息子に会いたいのでしょうが、貧しさ故にそれもかないません。弁護士を雇う余裕などなく、唯々諾々と運命を受け入れるしかありません。

バギオ発の深夜バスは、様々な人の、様々な思いを乗せて出発しました。
モンテンルパ刑務所への持ち込みは比較的緩やかなようです。その中で、頼めば煮炊きも出来るそうです。
老母は、働いている農場で、息子の無実を信じつつタップスを摘みました。
彼が刑務所の中で食べたサヨテ・タップスは、遠くふるさとに住む、なつかしい母の味がしたでしょうか。

ー続くー
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by janlbaguio | 2007-09-16 21:57 | 会員 エッセイ・コーナー

フィリピン・北ルソン・バギオを知る エッセイなど


このコーナーは、多士済々のJANLメンバーが 皆様に贈る エッセイ、北ルソン事情、詩歌、なんでも集まれの いわば 文化・社会部コーナーです。

どんなシリーズになっていくのか 楽しみです。



 
 
 
 
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by janlbaguio | 2007-09-16 21:53 | 会員 エッセイ・コーナー