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Dream of Date Masamune. Galleon San Juan Bautista to the Sea of Tanabata

2016 PHILIPPINE-JAPAN FRIENDSHIP / TANABATA events

In Celebration of :
-60th Years of Philippines-Japan Friendship
-400 Years since Date Masamune’s Envoy Mission by Galleon
San Juan Bautista
-Cosplay Tanabata Festival 5 and Baguio Tanabata Festival 7

Theme for 2016 Tanabata Festival in Baguio City:

"Dream of Date Masamune. Galleon San Juan Bautista
to the Sea of Tanabata
."

本年のテーマ:
伊達政宗の夢。 サンファン・バウティスタ号は七夕の海へ。」

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2016年 バギオ市 日比友好月間 「七夕祭7」 展示資料
(下記は、今年のテーマ に関連する、フィリピン、日本、そして慶長遣欧使節団
 サン・ファン・バウティスタ号についての比較年表です。)



1. フィリピンの歴史年表


Chronology of The Philippines & Japan History
(from The History of the Philippines by Zaide)

1570 – Marshal Goiti found twenty Japanese residents in Raha
Sulayman’s Islamic kingdom of Maynilad. Those Japanese
were Christians converted by Jesuit missionaries in Japan.

1582 – Spanish expedition attacked a Japanese pirate kingdom at the
mouth of the Cagayan River.

1584 – The first Spanish vessel from Manila reached the port of
Hirado (in Nagasaki Prefecture now) in Kyushu.

1592 – Toyotomi Hideyoshi sent an envoy to Manila with a letter
demanding tribute and homage from the Spanish authorities.
The first Japanese town was founded, and it was called Dilao.

1596 – The garrulous pilot of the Spanish galleon San Felipe
boasted of the Far-flung conquests made by Spain with the
aid of Christian missionaries.
This aroused Toyotomi Hideyoshi’s fear of the Spanish
missionaries in Japan.

1606 – First Japanese Revold occurred.
The Japanese residents were enraged by an order of the Royal
Audiencia to deport them from the country.
Franciscan friars were able to pacify the 1,500 armed Japanese.

1607 – Second Japanese Revolt.
An arbitrary order of the Spanish authorities forcing all the Japanese
to work in the suburbs of Manila caused the Japanese to rise in revolt.

1615 – The second Japanese town, called San Miguel, was founded
to accommodate more than 300 Christian Japanese exiles,
including the famous Takayama Ukon and his family and other
members of the Japanese nobility.

1618 – Date Masamune conceived of the venture of Toyotomi Hideyoshi,
but nothing came out of it.
(Galleon Sant Juan Bautista arrive in the Philippines in August 1618.)

1632 – Japanese authorities sent a shipload of Japanese lepers to Manila.
These lepers were placed under the Franciscan friars who took good care
of them at the Hospital of San Lazaro.

1639 – Shogun Tokugawa Iyemitsu stopped Japanese immigration to the
Philippines.

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2. 日本の歴史年表


Chronology of Japanese History – Main stream

1563 – Kyushu baron Omura Sumitada accepted Baptism from Jesuit
missionaries.

1597 – Twenty-Six Martyrs of Japan were crucified on Toyotomi
Hideyoshi’s orders in the first bloody persecution of Christianity.

1600 - Tokugawa Period started.

1610 – Spain was allowed to trade.

1614 – Christian Daimyo Takayama Ukon(Dom Justo Takayama) was
expelled from Japan to Philippines together with 300 Japanese Christians.
During that time, more than 3,000 Japanese resided in Paco area, Manila.

1615 – Toyotomi family was terminated by Osaka Natsu-no-Jin battle.

1618 – Hasekura Tsunenaga arrived Manila, and stayed there for 2 years.

1622 – Fifty-Five martyrs of Japan were crucified in Nagasaki by
Tokugawa.

1624 – Spain was banned to visit and trade in Japan.

1635 – Japanese nationals were forbidden to travel abroad.

1639– Only the Dutch and Chinese were allowed to trade at Nagasaki.


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3. 伊達政宗の歴史年表


Chronology of Keicho Envoy Mission & Date Masamune /Hasekura
Tsunenaga(from “The Wonders Behind the Keicho Envoy Mission”, etc.)

Nov. 1611 – Sebastian Vizcaino is granted on audience with Date
Masamune in Sendai.
Vizcaino begins surveying the coast of the Ohshu area(now the
Tohoku region).

Dec. 1611 – Earthquake and huge Tsunami(Keicho Sanriku Earthquake)
happened in the area of Sendai feudal domain and Tohoku region.

Oct. 1613 – The Saint Juan Bautista(Black ship of Date) sets sail from
Tsukinoura in the Sendai feudal domain (for its first voyage).

Jan. 1614 – The mission arrives in Acapulco, Mexico.

Nov. 1614 – The Tokugawa shogunate bands Christianity across Japan.

Jan. 1615 – Hasekura Tsunenaga and other mission members are
granted on audience with King Felipe III of Spain.

Nov. 1615 – Tsunenaga and other mission members are granted on
audience with Pope Paulus V in Rome.

Apr. 1618 - Tsunenaga and other mission members leave Acapulco
on board the Sant Juan Bautista to return to Japan.
They arrive in the Philippines in August 1618.

Jul. 1619 - The Galleon Sant Juan Bautista (Black Ship of Date) was
sold to Spain.

Aug. 1620 – Tsunenaga reaches Nagasaki, Japan from the Philippines.
Sep. 1620 – Tsunenaga returns to Sendai from Nagasaki.

Aug. 1621 – Tsunenaga dies.

1621-1622 – Dutch and British ships blockaded Manila bay.


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by janlbaguio | 2016-06-20 11:44 | Activity 活動内容

バギオの歴史写真展 : What Photographs Tell Us About Baguio's Past 開催中

バギオ市の歴史を振り返る写真展が 6月17日から8月20日まで開催中です。

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会場は メリノール・エコロジカル・サンクチュアリ。

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マルコス・ハイウエイから カンポ・シオコに入ったところにあります。

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6月17日のオープニング式典の模様を ご報告します。

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式次第。

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NCCA(日本の文化庁に相当?)メンバーの挨拶。

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フィリピン大学バギオ校 人類学名誉教授から、歴史的写真が持つ学術的な意味についての講演。

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今回の展示会の主催者である 歴史家でキュレーターの アルカンタラ女史。

同女史は バギオの歴史書 「CITY OF PINES」の出版にも関わった方で、
お話の中に、日系人会・北ルソン比日基金が 移民100年を記念して制作した書籍
「JAPANESE PIONEERS IN NORTHERN PHILIPPINE HIGHLANDS」
のことなどもありました。


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テープカットの後、展示室が公開されました。
戦前の日本人在住者に関わる写真も ここそこに展示されています。
当時の バギオ日本人学校の写真もあります。

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来場者の中には、日系人会の事務局長ほかスタッフの姿もありました。

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北ルソン日本人会の分科会で、「戦前のバギオ探訪マップ」を作ろうという
企画が進められていますが、この写真展は大きな参考資料となりそうです。

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写真の中には、北ルソン日本人会の名誉会員のお一人である写真家、戦前のバギオ生まれである古屋英之助様の写真も展示されていました。

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期間中のご見学を お勧め致します。


   

     
    
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by janlbaguio | 2016-06-17 22:41 | History バギオの歴史

バギオ・アーティスト・ギルド と コスプレーヤーの出会い

6月11日にバギオ郵便局前の公園で、Baguio Artist Guild と Baguio Cosplay Community の出会いのイベントが開かれました。

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バギオ・コスプレ・コミュニティーからは、 Watermelown, バギオ大学のKawaii Kazoku, そして、フィリピン大学の Anime HQ のグループのメンバーが集合。

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このイベントは、バギオ・アーティスト・ギルドの メディア・スペシャリストである Art Tibaldo氏が発案し、バギオ市を芸術の町として振興することを目指しています。

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コスプレーヤーの皆さんは、時間どおり9時過ぎには集合。
アート・ティバルド氏の熱弁が始まっていました。

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公園の一角では、バギオ・シネマテーク映画館のマネジャー Mike Zarate氏が、
フィリピン大学バギオ校のマスコミ専攻の学生たちを相手に、コスプレ関連の
ドキュメンタリー・フィルムの制作について、 その企画を語っていました。

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早速 撮影が始まりました。
背景になっているのは、バギオ市の歴史遺産にしようという運動がある「バギオ郵便局」です。

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バギオ・アーティスト・ギルドの写真家の皆さんが 熱心にコスプレーヤーに迫ります。

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ティバルド氏は スケッチ。

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公園の真ん中に建てられている平和を祈る標語に向かって ポーズ。

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こちらでは、姉妹? 親子? で準備中。。。

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さて、可愛い写真が撮れたでしょうか・・・

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(photo by Mau Victa)
baguio cosplay community...


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遅れてやってきた コスプレ・グループの応援隊も到着。

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冷たいものを飲みながら、 今年の「七夕祭り」の打ち合わせも行いました。

日比友好月間イベントでも 協力してくれる、力強い味方です。




    
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by janlbaguio | 2016-06-12 19:25 | Neighbers ご近所情報

バギオ市で 介護士や看護師のヘルプが必要な時は: 24時間サービスの 「Giving Care」

バギオ市で 病気や怪我での入院、あるいは高齢の為、プロのサポートが必要な場合は、
こちらの 「Giving Care」 という機関がありますので、御参考までにご案内します。

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この小さなブースが 「ギビング・ケア」 の事務所です。

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大ざっぱなサービス内容が こちらに書いてあります。

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連絡先が こちらに書いてあります。(下にも見やすく電話番号があります)
24時間の対応をしているようです。
                 
登録されている介護士・看護師は 100人程度だとの話でしたが、
日本語対応が出来る人はいないとのことです。

もっと詳しい内容については、下をご覧ください:

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サービス料金は ケース・バイ・ケースとなっていますので、
必要な場合は 個別に直接「ギビング・ケア」にご相談ください。

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この機関の事務所は、この フィリピン商工会議所バギオ事務所 の建物の中にあります。

場所は、ガバナー・パック・ロードの、バギオ博物館の隣で、
バギオ・シティー・ハイスクールのすぐ前となっています。

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入り口を入って右側です。

詳しいことは、直接 「Giving Care」 にお問い合わせください。


  


   
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by janlbaguio | 2016-04-27 19:04 | Link お役立ちリンク集

PANAGBENGA 2016 バギオ・フラワー・フェスティバル - コスプレ・パレード

PANAGEBNGA 2016 BAGUIO FLOWER FESTIVAL
COSPLAY PARADE BY kAWAII KAZOKU & BAGUIO COSPLAY COMMUNITY
plus Japanese Association in Northern Luzonm, Inc,.


フィリピン・バギオ市 最大のお祭り PANAGBENGA  2016 のパレードに参加しました。
Panagbengaとは 地元の言語であるカンカナイ語で 開花の季節あるいは花真っ盛り というような意味だそうで、英語では Baguio Flower Festival とされています。


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日本人の皆さんが参加したのは、この 「コスプレ・パレード」 です。

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今年は コスプレ参加のルールが厳しくなり、バギオ大学公認コスプレ・サークル 「可愛い家族」 と 北ルソン日本人会が声をお掛けした日本人コミュニティーの皆さん、そして一部のコスプレ・サークルの参加となりました。

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集合時間は 朝6時と指定されましたが、6:30 あるいは 7時ごろに集まり始めました。
パレードの出発時刻は 8時ごろ。


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日本人の皆さんは、総勢20名ほど。
英語学校に留学中の皆さん、 マニラのNPOの皆さん、そして、北ルソン日本人会の皆さんが参加しました。

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日本人の皆さんは、手持ちの衣装であったり、 コスプレ・レンタル店から借りてきたり、あるいは、自作での衣装もありました。

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その自作の作品がこれです。 文字の刺繍には かなり時間が掛ったそうです。

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集合地点付近の様子。
コスプレ・パレードは、 バギオ・フラワー・フェスティバル 一番の出し物である
Grand Float Parade (花車パレード) の最後尾につきます。

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8時ごろには、出発準備完了となったのですが、
SMバギオの下の 出発地点からのスタートは 10時になりました。

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目抜き通りの セッション・ロードをパレード中。
前を行く 花車が渋滞中。

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バギオ周辺には、300人以上のコスプレ・ファンがいるそうですが、
今回はおよそ150人ぐらいが参加したようです。
中には、このコスプレ・パレードに参加するために、英語留学に来たという日本人もいました。

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ハリソン通りの交差点。

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歩道橋には鈴なりの見物人。

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フラワー・フェスティバルは、毎年2月に開催されるのですが、
最終土曜日に ダンシング・パレード、 最終日曜日に 花車パレードが実施され、
この一ヶ月間に 100万人から200万人の観光客がバギオを訪れるとのことです。

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マニラのNPO団体から参加の日本人の方々の姿もありました。

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そして、ハリソン通りから メルビン・ジョーンズのグラウンドに入って終了。
11:30amでした。
警察などの皆様に感謝しましょう。

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レスキュー隊の皆様も、有難うございました。

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そして、コスプレ隊の後に控えて、道路を綺麗にしてくださった皆様にも、感謝。

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ご参加くださった 皆さん、 お疲れ様でした。

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(photo by : Sev Balisi Magallanes)

こちらに、YOUTUBEの動画を掲載しています:
https://www.youtube.com/watch?v=tujHzKibBwE
(video by Koji Imaizumi)


こちらのYOUTUBEで グランド・フロート・パレードの ハイライトが掲載されています:
https://www.youtube.com/watch?v=kPKWkaYW-d4


テレビ・ニュース GMAの動画も YOUTUBEに掲載されていました:
https://www.youtube.com/watch?v=iXvbyDOhuF0


また 来年もお会いしましょう!!



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北ルソン日本人会のメンバーの個人サイトに、
コスプレ・パレードの スナップ写真などが掲載されています:
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2016/03/panagbenga-2016.html


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by janlbaguio | 2016-03-02 10:05

訃報: アーティスト Vincent Navarroさんが 23歳で急逝

大変悲しいお知らせです。
CONDOLENCES ON ARTIST VINCENT F. NAVARRO...

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葬儀は 2月24日9:30AMから ナギリアン・ロード入り口付近の セント・ビンセント教会で、
その後、同じくナギリアン・ロード沿いイリサン手前の火葬場 Beyond the Sunsetで
執り行われるそうです。 (上記写真の通り)

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2010年以降、日比友好月間・七夕祭りの際、バギオ博物館での展示芸術監督を
お願いしてきた アーティストの Vincent Navarroさんが、2月16日の深夜
2週間の入院の後 急逝されました。

心より 哀悼の意を 表します。


ビンスさんは、2010年の時点では、フィリピン大学バギオ校の美術学部に在籍し、
Society of Vidual Arts(SVA)に所属されていました。

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このSVAのリーダーとして、バギオ博物館での七夕祭りの展示制作において、
指揮をとっていただき、毎年 北ルソン日本人会(JANL)に協力していただきました。

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2014年、2015年の七夕祭り展示では、JANLの要請に基づいて、
伊達政宗をコンセプトとした展示制作に応えていただきました。

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ビンスさんは、少年時代から大変な苦労をされ、人がやりたがらない仕事も
前向きにもくもくとこなし、誠実で、責任感のある、笑顔の絶えない好青年でした。

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この頼りがいのある若者は、七夕祭りのコンセプトを打ち合わせると、
いつも期待以上の仕事振りで応えてくれました。

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2010年から2015年までの七夕祭りが成功を収めてきたことは、
ビンスさんの裏方としての功績が非常に大きかったことを物語っています。


また、フィリピン大学バギオ校を卒業されてからの ビンスさんのアーティスト
としての活躍には 目覚ましいものがありました。

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(Instagramより転載)
バギオ市内にアトリエを構え、フィリピンやアメリカでの評価もどんどん上がっていました。

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(Vinceさん御本人が撮影した 彼の作品)
近年の 彼の作品のユニークさは、この珈琲豆を使った作品にも表れていました。

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(Instagramより転載)
作品制作中の様子。

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(Instagramより転載)
この山岳民族の 刺青アーティストのお婆さんとのコラボレーションも顕著な活動でした。

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(Instagramより転載)
これらの秀逸な作品が認められ、アメリカのロックフェラー財団の招聘を受け、
2月8日から半年間の ニューヨークでのアート修行が約束されていました。

彼の作品がこちらのサイトで紹介されています:
http://www.rappler.com/life-and-style/arts-and-culture/122756-filipino-coffee-artist-vincent-navarro-dies



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今から世界へ飛翔しようとしていた矢先の早過ぎる御逝去は 残念でなりません。

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ビンスさんは、2月17日から4~5日間、Baguio Memorial Chapelの葬祭場で
安らかに眠っていらっしゃいます。

手術の際には、母上と弟君が見守っておられたとのことです。
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バギオ市のドモガン市長からも お弔いの花が。

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北ルソン日本人会としても、才能あるアーティストを失った悲しみを抱きながら、
最後のお別れをしたいと思います。

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2016年2月17日


  

   


     
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by janlbaguio | 2016-02-17 22:56 | Neighbers ご近所情報

フィリピン・バギオ戦没者慰霊祭 : 毎年2月に開催されています

今年も、2月16日(火)に、日比国際友好協会の主催で、バギオ戦没者慰霊祭が開催されました。

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この慰霊祭についての由来は、こちらのサイトでご覧になれます。

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この「バギオ戦没者慰霊碑公園」(通称: Japanese garden)の建設に協力した、バギオ・ライオンズ・クラブの記念碑。

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今年 日本から慰霊巡拝に参加された方は 13名。
30年前は、日本航空2機をチャーターしての慰霊団だったそうです。
写真右側は、日本国大使館の一等書記官津田氏と、元日本国名誉総領事のカルロス寺岡氏。

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バギオ市の パインズ・シティー・ライオンズ・クラブの皆さんと、バギオ市長室から市長代理の方の姿もありました。

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(photo by : Rey Dacones)
北ルソン日本人会も毎年ご招待を受けて参拝させていただいております。


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瀬川住職の読経。
御住職は、日比国際友好協会の会長をされています。

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在比日本国大使館の石川大使の「追悼の辞」を代読される津田領事。
素晴らしい内容のスピーチでした。

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御来賓の献花・焼香に続き、日本からの慰霊団の皆様の献花とご焼香。

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毎年 この慰霊祭を支援されている 北ルソン比日基金の日系二世の皆様も・・・

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北ルソン日本人会の皆さんも 献花・焼香に参加させていただきました。

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北ルソン比日基金(通称:アボン)のスタッフの皆様も御参拝されました。

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日頃 なかなか会う機会がない 北ルソン日本人会(JANL)のメンバーの姿もありました。

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瀬川住職からの お礼のご挨拶。
今年1月の、天皇皇后両陛下のフィリピン御訪問についてのお話もありました。

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御参加の皆々様、有難うございました。

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by janlbaguio | 2016-02-16 23:14 | Neighbers ご近所情報

フィリピン・バギオ市の北ルソン日本人会: 紹介パンフレット

2016年1月、北ルソン日本人会(JANL)の 紹介パンフレットを作成致しました。

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(画像の上で クリックしますと、文字が拡大できます。)


詳しくは パンフレットに記載のEメールアドレスや直通携帯電話へ お問い合わせください。

今後とも 宜しくお願い申し上げます。



  
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by janlbaguio | 2016-02-15 19:27 | 会の目的・方針

宮城学院女子大学のスタディー・ツアー: バギオ大学&コミック・クラブと交流

宮城学院女子大学のスタディー・ツアーの一環として、バギオ大学で日本語を学ぶ学生およびバギオのコミック・クラブの皆さんが 文化交流を行いました。

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このイベントは、宮城学院女子大学とCGN(コーディリエラ・グリーン・ネットワーク)の共催で実施されたものです。

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内容は、バギオを訪れた5名の学生の英語でのプレゼンテーションを基に、意見交換をするものでした。

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最初は、「武士道」。 剣道を例にプレゼンが行われました。

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「武士道がなければ、日本はない」 が結論。

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二つ目は、東北地方の料理。

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しかし、アンケートの結果では、地元の料理は残念な結果に・・・

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三つめは、 日本の「アイドル」事情。

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昔の山口百恵の時代から、今は 踊って歌うグループ・アイドルへの変化を解説。

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四つ目は、もちろん、アニメと漫画の歴史・・・

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宮崎駿監督を経て、今や、時代は コスプレ・・・


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最後は、日本のお菓子 事情。  洋菓子、和菓子、駄菓子、そして 変なお菓子まで・・・

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日本のお菓子の種類の多さに 改めてびっくり。

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宮城学院女子大学の皆さん、プレゼンテーション お疲れ様でした。

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(photo by : Sev Balisi Magallanes)

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尚、この文化交流会に参加したバギオ大学やコミック・クラブの皆さんは、
北ルソン日本人会が主催するイベントにも御協力いただいている皆さんです。


  
  
   

   
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by janlbaguio | 2016-02-14 23:08 | Neighbers ご近所情報

天皇・皇后両陛下のフィリピン訪問と「御接見」 - フィリピンでの報道

天皇・皇后両陛下が 2016年1月26日から30日まで、フィリピンを友好親善の目的でご訪問されました。
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(CNNフィリピンのテレビ画面より)

詳しい日程については、こちらのサイトにありました:
http://ubjktbz6.xsrv.jp/archives/1252

この日程の中で1月28日にはフィリピン在住の日系人及び日本人との「御接見」があり、
北ルソン日本人会(JANL)も、ご招待をいただき、代表の出席が許されました。
ここにご尽力いただきました関係者の皆様に「身に余る光栄」への感謝を申し上げます。

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「御接見」は、マニラのSOFITELホテルで行われ、この会場では、35名ほどの皆様おひとりお一人が、天皇陛下及び皇后陛下とのお話を許されました。
また、高村副総裁とも参加の皆さんがお話しできました。

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会場内での撮影は許されませんでしたので、受付待ちの時間に、
カルロス寺岡 元日本国名誉総領事・元フィリピン日系人会連合会会長と、
マニラ日本人会連合会会長の家田様 ご夫妻とお話をさせていただきました。

尚、このお二人については、NHKのニュースサイトでも記事と動画がございましたので、
以下のリンクをご覧ください:
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160128/k10010389031000.html

「両陛下は28日、宿泊先のホテルに現地の日系人や日本人の代表、合わせて30人余りを招いて懇談されました。
フィリピンには、戦前、多くの日本人が渡り、その子どもにあたる日系2世の人たちが、今も2000人近く暮らしているとされます。こうした人たちの多くは、戦後、厳しい反日感情の残るフィリピンで苦労を余儀なくされたということで、両陛下は一人一人に、「苦労もあったでしょうね」とか、「戦争中は、ずいぶん犠牲になった方もいたでしょう」などとことばをかけられていました。」


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47673

こちらのサイトでは、カルロス寺岡・元フィリピン日系人連合会会長が長年取り組まれてきた「残留日系人」、「無国籍邦人」の問題解決の難しさについての記事があります。

カルロス寺岡様の戦争体験などについては、こちらに記事がありました。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201601/2016012800059

「「日本人の血を誇りに」=苦難の人生歩む-両陛下と面会・日系2世寺岡さん」



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上記の「御接見」の後、同じホテル内で、日の丸で歓迎する日系人の皆様との懇談もありましたが、こちらでも近づいての撮影は許可されませんでした。


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やむなく、警備に囲まれた外側からの 遠距離撮影となりました。

http://www.interaksyon.com/article/123431/video--war-displaced-japanese-meet-emperor-in-the-land-ravaged-by-imperial-army-70-years-ago
こちらのサイトで、日系人の皆さんの動画がありましたので、ご覧ください。
ただし、フィリピン語での放送です。
記事は英語で書いてあり、カルロス寺岡氏の戦争中の体験談もあります。

quote :
MANILA - From just their looks, one would know they are Japanese. But once they open their mouths, one is amazed at their fluency in Filipino. They are the descendants of Japanese victims of World War II - expats working in the Philippines before the start of the war, civilians caught in the crossfire when the Imperial Army invaded the Philippines and even Japanese like them living in the country were among those detained, abused or killed outright by the invaders, who suspected them of being spies. Some were killed by Filipino guerrillas fighting the Japanese troops.
unquote.




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以下に、フィリピンのテレビ・ニュースで、この両陛下のご訪問がどのように報道されたかの一部を、ご参考までにご紹介します。

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フィリピン人英雄の墓地
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「バターン死の行進」の犠牲者は 32,268人と記されています。
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54年前の皇太子時代のフィリピン訪問では、バギオ市も日程に入り、ケノン道路建設の日本人の歴史や、セントルイス大学なども案内されたそうです。

http://malacanang.gov.ph/76761-state-visit-of-crown-prince-akihito-november-5-10-1962/

こちらの大統領府のサイトに、1962年のフィリピンご訪問の時の写真と詳しい日程が掲載されています。



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1962年のバギオやタガイタイ訪問

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ユニクロの存在も話題に・・・

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農業開発の必要性・・・
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(NHKワールドの画面)
多くのフィリピン人の命が奪われた第二次大戦
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日本人は決して忘れてはならない・・・・・

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(ANCチャンネルの画面)
ミンダナオにおける、和平交渉での日本の大きな役割。

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両陛下ご訪問の後の、経済発展への期待・・・

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にこやかな陛下のご様子が・・・

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カリラヤでの 日本人戦没者慰霊

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こちらでは、日本に対する防衛上の期待も・・・


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CNNフィリピンのニュースでは、フィリピン大学ディリマン校の歴史教授リカルド・ホセ氏が解説。
同教授は日本での留学経験があり、日本語も堪能です。
又、毎年12月にバギオで開催されている「アジア太平洋国際平和慰霊祭」などで、
第二次大戦中の日比の関係などについて基調になるスピーチをされている 
日比の歴史についての第一人者とされています。

同教授が2013年にフィリピン大学バギオ校で公開講座をされた時の記事:
「日本占領下のフィリピン・バギオ市」 
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2013/09/post-fdab.html



   
以上、ご参考になれば幸いです。



   

     

  
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by janlbaguio | 2016-01-31 23:15 | Neighbers ご近所情報