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バギオ市で 「着物ショー」と「ファッション・ショー」を開催 : 日系人団体アボンの設立記念イベント


2017年9月9日に バギオ・カントリー・クラブの大広間で 国際エンゼル協会とバギオの日系人団体アボン(北ルソン比日基金及び北ルソン比日友交協会)の主催で 「着物ショー」と「ファッション・ショー」が大々的に開催されました。

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この祝賀イベントは 通称アボンと呼ばれる北ルソン比日友交協会の設立45周年及び北ルソン比日基金の設立30周年を記念して 日本の国際エンゼル協会が主導し 日系人団体アボンの奨学生たちがモデルを務めて実施されました。

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プログラムの第一部は 「日本の伝統的着物ショー」
第二部ではFAB(The Fashion Avant-garde of Baguio )が
フィリピン人ファッション・デザイナーの斬新な発想によって
日本のイメージを表現しました。


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まず最初は「振袖」のショー。

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ハイスクール生や大学生たちは 歩き方の指導を受けて 素晴らしい演技を披露しました。

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・・・・そして次は・・・ 「着付け」の実演。

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着物の美しさもさることながら ここでは 帯の締め方が 最大の見せどころ・・・・

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長さ4メートル・・幅30センチという解説がありました。

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アナウンスでは 「日本人であっても 一人でこれを着ることが出来る人は少ない。」との説明もありました。

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着付け終了。 国際エンゼル協会の皆様は世界各地で着物ショーを実施しているのだそうです。


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振袖でのショーは 絵日傘の踊り。

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さて・・・次のショーは・・・・「浴衣」です。

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浴衣での踊りは 「花笠音頭」。


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そして次は 子供たちの登場です。

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子供たちの健やかな成長を祈る「七五三」のお祝いの行事を紹介。

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千歳飴をそれぞれに携えて 晴れの姿のデモンストレーション。


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ちょっと一息の 「二人羽織」。。。会場に笑い声が響きました。


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着物ショーの締めは 高知の「よさこい」・・・鳴子のリズムに心が踊ります。

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第一部のフィナーレ。

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豪華で華麗な着物の魅力を改めて感じるショーとなりました。

・・・さて 短い休憩の後 第二部が始まりました・・・・
FAB(The Fashion Avant-garde of Baguio )のモデルによる本格的なファッション・ショー。
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「ファッション・アバンギャルド・バギオ」ということですので
「前衛的」なファッション・デザイナーのグループです。

すべてフィリピン人のファッション・デザイナーによるもので
テーマとしては 「日本をイメージしたフュージョン(融合)」だとのことでした。

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このデザインには 日本人の皆さんは驚いたようです。
フィリピンの人たちが抱いている日本のイメージには
このような強いイメージもあるようです。

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このデザイナーは「忍者」をテーマにしたようです。

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これは 国籍不明な東南アジア・テイストです。
日本のイメージはほとんどありませんが・・・

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このデザイナーは モデルの背中に 「平和」や「信仰」などの漢字を
プリントしていました。 基調は 赤と白の日の丸。

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このデザイナーの作品は そのまま街を歩いても安心できるデザインですね。
これが日本のイメージだとすると なかなかいい感じです。

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これは 日本人的な感覚でみると
日本というよりも中国風に見えます。

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このデザインは スペイン風のフィリピンの伝統に 若干日本の感じが
融合しているということでしょうか・・・

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こちらは 日本というより ヨーロッパでしょうか・・・??
小物とアクセサリーがちょっと日本味ですか?

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9人のファッション・デザイナーが勢揃い。
フィリピンの人たちの日本に対するイメージを垣間見る
絶好の機会となりました。


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そして 出演者全員によるフィナーレへ・・・・

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観客にも鳴子が配られ 会場が 「よさこい」のリズムに包まれました。


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そして・・・「世界にひとつだけの花」を みんなで合唱。

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出演者と会場の皆さんがいっしょに・・・・

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ファッション・モデルの皆さんも会場に・・・・


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感動的な「着物ショー」をバギオ市で開催していただき 関係者の皆様に御礼を申し上げます。


翌日9月10日。
日系人会館であるアボンに於いて北ルソン比日友交協会の45周年 北ルソン比日基金の30周年の記念式典が開催されました。

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(photo by : Mr. Rey Dacones)
日本大使館より加納公使が参列され祝辞を述べられました。

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(photo by : Mr. Rey Dacones)
カルロス寺岡理事長から公使へ謝意が示されました。


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(photo by : Mr. Harashima)

素晴らしい「着物ショー」を主導しモデルとなった奨学生たちを指導された 
国際エンゼル協会の皆様へ感謝状が贈られました。

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(photo by : Mr. Harashima)

ルソン島北部における日系人コミュニティーや地元の若者たちを
奨学金を通じて支援されている
日本の皆様とアボンの理事・スタッフの皆様。
皆々様のご健康と益々のご活躍を祈念申し上げます。


/////////////////

FABのファッション・ショーでのスナップ写真が 個人のサイトでもっとご覧になれます。
「アヴァンギャルドな日本のイメージをフュージョンした ファッション・ショー ??」
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/09/post-e50a.html

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by janlbaguio | 2017-09-10 18:24 | Neighbers ご近所情報

バギオ博物館のトーテム・ポールに 日系人のお顔が刻まれました。


2017年9月8日 バギオ博物館の改装お披露目の式典が行われました。

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4つのイベントのオープニングとなっていて その中にトーテム・ポールの除幕式もありました。

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除幕式には バギオ博物館を作り育ててきた関係者の皆様やし支援してきた歴代の市長などが参列。

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幕が取り払われると 2本のトーテム・ポールが姿を現しました。

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ここに バギオ博物館に貢献してきた方々の顔が刻まれているのですが その名前を読んでみますと・・・

こちらのバギオ市ガイドのサイトで次のように紹介されています。
https://www.baguiocityguide.com/remembering-the-three-witches-of-baguio/

Leonora San Agustin is remembered as one of the first Filipina chemical engineers.
Virginia De Guia was awarded as one of the Outstanding Centennial Women Leaders of the city especially in the field of public service.
Cecile Afable was once Baguio Midland Courier’s long time editor-in-chief.

この3人の女性は 「バギオの3魔女」とも呼ばれている皆さんです。

セシル・アファブレ女史は 広島出身の大久保氏の娘で 日系人です。
http://www.baguiomidlandcourier.com.ph/life.asp?mode=archives/2012/june/6-17-2012/life7.txt
Cecile C. Afable, writer, social advocate, environmentalist, literature teacher,  and grand dame of Baguio’s media circle, was born 93 years ago to Josefa Cariño of Baguio City and Teruji Okubo of Hiroshima, Japan.

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一番下に名前がある Geralda M. Hamada女史は 「たなばたの妻」という小説で
有名な シナイ・浜田氏の妻となっています。
http://en.wikipilipinas.org/index.php/Sinai_Hamada
His wife is Geralda Macli-ing of Bontoc, Mountain Province, a teacher in Mainit, Bontoc during the 1930’s.


一方 右側のトーテム・ポールには 貢献してきた歴代の市長や国会議員の顔が
刻まれています。


・・・・・

今回の改装オープンの式典では 貴重な展示品を保護する為のガラス・ケースの設置
などが披露されました。

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ここには山岳民族の歴史を語る品々が展示されていますが・・ イフガオ州の慣習である 死者のミイラも展示され 今回 ガラス・ケースの中に入れられました。

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又 式典のあいさつの中で 「アメリカ合衆国大使館から 今後およそ600万ペソの助成金が約束された。」との報告もありました。

バギオ博物館がさらに改善されることを期待したいと思います。






      















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by janlbaguio | 2017-09-10 16:27 | Neighbers ご近所情報

9月1日 バギオ市制108周年祝賀: バギオ・デイ・パレードは・・・

Baguio Day Parade 2017 was cancelled..... but....

9月1日 バギオ市が出来てから 108年目の祝賀会が開催されました。
そして毎年恒例の バギオ・デイ・パレードも予定されました。

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「BAGUIO DAY」のメイン会場は Baguio Convention Center.

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会場内には 超満員の市民が集まり 祝賀式典が開かれました。


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様々なパフォーマンスや ミス・バギオなどのご披露が賑やかに進みました。

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今年は バギオ市が誕生して 108歳のお祝いです。



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会場周辺には 10AM出発予定で 各種市民団体や学校の音楽隊などが集合しました。

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日本人コミュニティーとして 日系人会(アボン)からのお声掛かりにより 北ルソン日本人会も参加させていただきました。

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BONDS英語学校に留学中の3名さんにもお手伝いいただきました。 

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また・・・七夕祭などの日比友好イベントで協力をいただいている コスプレ・グループの皆さんにも 日本人コミュニティーの一員としてご参加いただきました。

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今年のパレードの目玉は 昨年バチカンから福者と認定された フィリピンにもゆかりの深い 高山右近のお神輿です。




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準備万端 いつでも出発OK ・・・ところが・・・・

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出発時刻の10時が近づくにつれ・・・こんな状態に。

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(photo by : Abong Baguio )

日本から観光でいらした皆さんも 残念な雨に・・

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(photo by : Abong Baguio )
コンベンション・センターの陰で 雨宿り。



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・・・そして無情にも 10:30AMごろ 
係員が各グループに 「パレードは中止になりました。」 と告げて廻りました。

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・・・さて どうしたものかと 皆さんが思案顔になっていたところ・・・
幸運にも天候が持ち直しました。

「わっしょい! わっしょい! わっしょい!・・・・」

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この雨の合間のわずかな時間を楽しみ・・・日系人会館「アボン」まで 日本人コミュニティーだけの「帰宅」パレードが始まりました。
たまたまバギオを観光中の日本人の方 3名さんにも加わっていただきました。


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「福者・高山右近」のお神輿も みんなの「わっしょい! わっしょい!」の声に励まされて嬉しそう。


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浴衣姿が 雨上がりに映えて 楽しいパレードに・・・・

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( photo by : Abong Baguio )

目抜き通りを練り歩く公式な Baguio Day Parade は中止になったものの このひとときを 十分に楽しむことが出来ました。


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日系人会館「アボン」へ向かう お神輿の行列。

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(photto by : Jonas Castilo)



今回のパレードの指揮をとってくださった 日系人会のカバニサス事務局長。
有難うございました。


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全員無事に アボン会館に帰着しました。


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ご協力いただきました 皆々様に 御礼を申し上げます。

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for more photos... please visit here:
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/09/baguio-day-d25e.html
スナップ写真は こちらにも掲載されています。
(個人のサイトにリンクされています。)



      



  

      























































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by janlbaguio | 2017-09-03 09:48 | Activity 活動内容

7月23日(日) バギオの日系人会アボン主催の「日比友好の日」イベント開催


バギオ市にある日系人団体(アボン)主催により
2017年7月23日(日)に 日比友好日本庭園での式典と バギオ・シティー・ナショナル・
ハイスクールでの「友達カルチュラル・ショー」が開催されました。


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あいにくの小雨模様でしたが、日本国大使館から河内参事官のご臨席がありました。

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日系人会アボンの理事長。 元日本国名誉総領事のカルロス寺岡様。

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参列の皆様による献花と焼香が続きました。

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北ルソン日本人会からは 代表と副代表がご挨拶に参りました。

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多くの皆さんがいらっしゃいました。

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浴衣の皆さんが記念に・・・・・


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小雨の中 なんとか無事に式典は終了しました。

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午後の部は、バギオ・シティー・ハイスクールにて、「ともだち・カルチュラル・ショー」が開催されました。

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可愛い子供たちの素敵なダンスで家族の皆さんのスマート・フォンが大活躍。

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ミスとエスコートによる フィリピンと日本の伝統的衣装のファッション・ショー。
市議会議員の方々もいらっしゃいました。

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日本国大使館の河内参事官からは、タガログ語でのユニークなスピーチで、会場は大いに湧きました。


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シニア・シチズン・グループの歌では、なんと「夕焼け小焼け」が披露されました。
代表の方にお尋ねしたところ、このグループの平均年齢は86歳とか。
ご本人が13歳の頃に戦争があって、日本語の歌を教えられたのだそうです。

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大学生による 山岳民族の踊り。 
バギオにある大学では、必ず伝統的な山岳民族の踊りなどを伝承するサークルがあるようです。


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そして、これは フィリピン人なら誰でもお馴染みの 「ボルテスV」のダンス。

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そして、これは フィリピンの踊りと言えば 「バンブーダンス」ですね。
ハイスクールの皆さんによる演技です。

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そして、こちらも バギオ・シティー・ナショナル・ハイスクールの 弦楽器の演奏。
素晴らしい演奏に載せて バンブーダンスは続きます。


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そして、これもハイスクール生による、アクロバティックな演技。
「きゃ~~」という黄色い声も飛んで、大いに盛り上がりました。
(一番上で、女の子が飛びあがっているのが分かるでしょうか?)


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そして、日系人の若者たちによる大合唱。
「世界にひとつだけの花」
日本語と英語での歌声が講堂に響き渡りました。



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そして、今年の特別出演は、日本のオペラ歌手の方でした。
Mieko Tsurusawa さんは、フィリピンの国歌と日本の国歌を高々と歌い上げられました。


 
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演奏とミスの皆さんたち、お疲れ様でした。


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最後は 講堂いっぱいに 大きな人の輪が出来て、お開きとなりました。


大変立派な 「日比友好の日」の式典と文化交流のイベントとなりました。
ご招待をいただき心より御礼を申し上げます。



     


 





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by janlbaguio | 2017-07-25 21:54 | Neighbers ご近所情報

2017 バギオ日比友好月間イベントの関連 新聞記事など Phil-Japan Friendship events その4


こちらでは、バギオ市での2017年日比友好月間イベントの報道内容を詳しく掲載しています。


(9) ABS・CBNテレビ TVパトロール・ニュース 7月25日放映

    夕方5時からのニュース番組で、7月22日の「比米友好の日」と23日の
    「日比友好の日」の行事が 同じニュースのくくりの中で報道されました。

ニュースの動画はこちらでご覧になれます。
36:00分の辺りからの部分です。
https://www.youtube.com/watch?v=qt6AD0ptXJs&list=PLgyY1WylJUmiOR5LLh_tPtYCnlB8RNyZv&index=1
(ただし、上記のリンクは一週間ほどでリンク切れとなるかと思います。)


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ニュースの最初には 7月22日に開催された 「フィリピンーアメリカ 友好の日」の報道。

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7月23日に 日比友好日本庭園とバギオ・シティー・ナショナル・ハイスクールで
開催された 日系人会アボンである北ルソン比日基金及び北ルソン比日友交協会主催による 
「日比友好の日」のお祝い。

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(上記の写真の掲載順番は、テレビ報道の順番とは異なります。 ご了承ください。)


   




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by janlbaguio | 2017-07-25 19:49 | AJISAI 文化交流 network

Baguio Historical/Heritage sites Paininting workshop バギオ歴史遺産絵画コンテスト


2017年 日比友好月間イベントのひとつとして
バギオ歴史遺産絵画ワークショップ・コンテスト・展示」が予定されていますが、
その中の ワークショップが 7月14日に バギオ博物館とバギオ・シティー・
ナショナル・ハイスクールを会場として開催されました。

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絵画ワークショップのテーマは、
PAST, PRESENT AND FUTURE OF BAGUIO HISTORICAL SITES
「バギオ市の歴史的遺産の 過去、現在、そして未来」

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ワークショップのプログラムです。
スペシャル・ゲスト・スピーカーは アデライダ・リム女史


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主催者である北ルソン日本人会の代表からの挨拶に続き
バギオ博物館の理事である ステラ・デ・ギア女史から 若いアーティスト達に
向けて 「バギオの歴史」などに関する話がありました。

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ゲスト・スピーカーの Adelaida Lim女史は Baguio Heritage Foundation
(バギオ歴史遺産財団)の理事長です。
バギオ市における歴史や歴史遺産の大切さについてスピーチをお願いしました。
尚、同女史は、フィリピンのテキスタイル業界や映画業界で著名な方でもあり、
さらには、フィリピンの千ペソ札に肖像がある ビンセント・リム将軍の
お孫さんでもあると伺いました。


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そもそも、何故 北ルソン日本人会が国際交流基金の支援を受けて、このようなイベントをやっているかと言いますと、上の写真にありますバギオの歴史に関する本に遡ります。

写真の一番右側に写っているのは Japanese Pioneers in the Northern Philippine Highlands (ルソン島北部山岳地帯における日本人開拓者たち)という本です。
この本は バギオ市の日系人団体である北ルソン比日基金が フィリピンへの日本人移民100年(1903-2003)を記念して出版したもので、ベンゲット道路(現在のケノン・ロード)やバギオ市の建設に関わった日本人労働者たちの詳しい記録資料となっています。

その歴史を踏まえて、日本人労働者、大工、石工、庭師などなど、バギオ市周辺に残る様々な歴史的な建物群に痕跡を残す日本人の努力にも敬意を表したいとの思いがあるからです。
この本によれば、

in 1939, when Baguio had 24,000 people, there were1,064 Japanese in
the Baguio-Benguet region. Among the other foreigners, there were
1,114 Chinese, 612 Americans, and143 Europeans.

つまり、1939年の記録では、2万4千人のバギオの人口の中で、
日本人は 1,064名、 中国人 1,114名、アメリカ人 612名、
ヨーロッパ人 143名とあります。
(ちなみに、現在のバギオ市の人口は大学生などを含めると、30万人ぐらいでは
 ないかと言われていまして、日本人長期在住者はせいぜい100名ぐらい
 だろうと思われます。)

  

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ワークショップ、コンテストに参加登録していただいたのは、バギオ・シティー・ナショナル・ハイスクールで絵画を学ぶ学生たち30名。 そして、大学生など一般の皆さん 32名となりました。

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コンテストに参加登録した62名の皆さんが スピーチを聞いた後にやったことは、どこのどの建物を描くかという選択でした。
1930年代以前に建築された建物の戦前に撮影された写真と その建物に関する資料を読んでいただき、一人一人の若きアーティストが どこを対象とするかを決めていただきました。
ひとつのサイトについては、最大4名までという制限を設けました。

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午前の部は、どこを描くかを決めていただく作業をしていただき、その場所の「過去・現在・未来」をどのように描くかを考える時間となりました。

尚、午前中に ふたつのテレビ局からカメラが入りました

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地元テレビ局の ABS・CBN で、7月17日(月)夕刻のニュース番組で放映されるかもしれません。

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もうひとつは、なんと 日本のテレビ朝日
この取材は このイベントの取材の為ではなく、以下の特番の収録の一部でした。

8月5日(土) 2:30pm-4pm 放映予定
「世界むちゃぶり旅」という番組だそうです。
日本の若手お笑い芸人のお二人が 突然バギオ博物館に立ち寄られての収録でした。
ただし、この絵画ワークショップの録画が放映されるかどうかは保証の限りではありません。
どうぞお楽しみに。

   





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午後の部は、ハイスクール生30名のみが 会場を移して 作品に取りかかりました。
一般の参加者32名の皆さんは、それぞれの時間を使って作品を描き、7月23日までに
バギオ博物館に提出することになっています。

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バギオ・シティー・ナショナル・ハイスクールの学生さんたちは、
各学年から5名の選抜で、6学年合計で30名の参加です。

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今回のイベントに関しては、フィリピン大学美術学部卒のファシリテーターの女性と ハイスクールの美術の先生に大変お世話になっています。


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学生たちは 様々な発想で 制作に取り組んでいます。

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そして、午後の部は5PMまで続き、作品が出来上がりました・・・・

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個性豊かな作品ばかりが出来上がりました・・・・

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審査は 7月末日までに バギオ市の歴史遺産の保護に尽力されている フィリピン大学やバギオ歴史遺産財団などの皆様にお願いする予定です。

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ハイスクールの皆さん。素晴らしい作品をありがとう。

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上記は コンテストの参加要領です。

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このリストは、1930年代までに建設された建物などの候補リストです。
このリストの中から 絵画にするサイトを選択していただきました。

審査の発表は 8月6日(日)に開催される 「バギオ七夕祭8ーサムライ七夕祭」などの展示のオープニング式典にて行われる予定です。


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by janlbaguio | 2017-07-16 10:57 | Activity 活動内容

PAINTING CONTEST : PAST, PRESENT & FUTURE OF BAGUIO HISTORICAL/HERITAGE SITES



As a part of Philippine-Japan Friendship month events,
we are holding BAGUIO HISTORICAL SITES PAINTING CONTEST
with the theme of :
"PAST, PRESENT AND FUTURE OF BAGUIO HISTORICAL(HERITAGE) SITES"

DATE/TIME : 10am, Friday, July 14, 2017
VENUE: Baguio Museum
Note : All participants are required to join the forum/entry/registration

for the details, please read the below :

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please join us at 10am, Friday, July 14.


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Thanksto the Sponsors/Organizers/Supporters/Friends : City of Baguio / Embassyof Japan, Manila / Japan Foundation, Manila / JICA Philippines / JapaneseAssociation in Northern Luzon / Filipino-Japanese Foundation of Northern Luzon/Baguio Museum / Baguio City National High School / Benguet State University /Universityof Baguio / University of the Cordilleras / University of the Philippines,Baguio /St. Louis University / R.K.Shimizu(Nagasaki) Foundation / Amida Software Asia / Tokyo Rinkai Rotary Club /Sakura Terras Japanese Restaurant / Baguio JIC /The Blue Files Language andTraining Center / Globe Telecom / Chaya Japanese Cuisine /Bag-iw Art Society / UPB Society for Visual Arts / UPB Anime HQ / CurTEAnah Events /Hiten Okugi ShinKai / Nyusuki / National Correspondents Club of Baguio







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by janlbaguio | 2017-07-05 18:58 | Activity 活動内容

昭和15年(1940年)に発行された バギオ日本人学校同窓会の会誌 「松籟」創刊号



戦前にバギオにあったバギオ日本人学校は 1924年に創立されたとされていますが、
今回 バギオ日本人学校同窓会の古屋英之助氏より、同窓会の会誌(創刊号)
頂きましたのでご紹介します。

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会誌の名称は 「松籟」(しょうらい)となっており、
「会誌を「松籟」と命名した所以は、バギオ市が比島唯一の松の都として知られて
いる。 これに因んで松の象徴として選んだものであります。」とあります。

「松籟」の意味は、松林を吹き抜ける風の音ということだそうです。
    

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発行は 昭和15年(1940年)となっていますので、創立から16年後、
同窓会の昭和8年の発足からは7年後の創刊です。

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目次の最初のページ

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同窓会の会員である卒業生の作品が掲載されています。

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「バギオ日本人小学校」の校旗

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上の写真は、バギオ市の日本人墓地の横にある ベンゲット道(ケノン・ロード)建設で
犠牲になった日本人の慰霊碑。
下の写真は、バーンハム公園の傍らにあった最初のバギオ日本人学校の校舎。

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上の写真は、バギオ日本人学校の新校舎。 マグサイサイ通りのLUCBANに移転
下は、当時の職員。 前列真ん中が 村井校長。

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上は、新校舎の校門での集合写真。
下は、弁論大会での記念写真。

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同窓会会長 谷水氏の挨拶文。
「皇紀二千六百年・・・」で始まっています。

同窓会については、
「昭和八年十月、本会の創立をみまして・・・」
創立当時は会員も僅かに三十名に過ぎませんでしたが、本日では
百三十三名の会員をなすに至りました。」
とあります。

また、この創刊号が 皇紀二千六百年の奉祝記念事業であると書いてあります。

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上は、村井校長の祝辞ですが、昭和15年当時の戦時下の教育方針が表れています。
ただし、当時のバギオ日本人学校の小学生であった方によりますと、
学校の授業の中では、さほど軍国主義的なものはなく、この後 太平洋戦争が始まって
から変化が出てきたとのお話でした。

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以下に同窓生=卒業生の作品が掲載されています。


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上の詩は 卒業生であり同窓会の副会長であった 東地琢磨氏のものです。

内容を見ますと、「三十年前の犠牲・・・」とありますので、1905年に開通した
ベンゲット道(ケノン・ロード)の工事に携わって難工事の中で犠牲になった日本人移民
の人たちへの追悼の詩であろうと思われます。

これは昭和15年(1940年)の発行ですが、この後太平洋戦争となり
昭和21年(1946年)には琢磨氏は戦犯としてフィリピンで処刑されています。

何故そういうことになったのか。
それは東地琢磨氏が山下奉文大将の通訳であったからでした。
詳しくはこちらのサイトでお読みください。
http://tenhouinaki7.at.webry.info/200903/article_3.html

「もし大田大佐と東地通訳が第14方面軍司令部に勤務していたなら「他のお二方」という扱いではなかっただろう。きっと、面識がなかったから このようになったのだろうと思います。
東地琢磨通訳の遺書は、『世紀の遺書』(巣鴨遺書編纂会 1953)にも掲載されていないばかりか、この書物の最後に不幸にも戦争犯罪人として亡くなられた方の名簿一覧があるのですが、彼の名は「ヒ」行ではなく
「ト行」にあったということで、日本国内でも知られていなかったと思います。」

東地琢磨氏は、まだ23歳の若さで絞首台に上ったのでした。 彼は日本人の父と、フィリピン人の母の間に生まれた、現地の方でした。
『世紀の遺書』には東地通訳が和歌山県出身と書かれていますが、これは、彼の父親が和歌山出身で、大東亜戦争が始まると同時に日本に強制送還された ことによると思います。
一方で、東地琢磨氏は、日本軍の軍属として召集を受けます。」

・・・・ここに23歳で処刑されたとありますので、上の詩を作ったのは6年前の17歳の時であったということになります。

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こちらは、同じく 東地琢磨氏の 俳句と短歌です。
日系人として戦時下のフィリピンに生まれた17歳の心が滲み出た詩であるかと思われます。

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上の作品 「金の世の中」 と 「日曜日の朝」 は、この文集の中が戦時色に覆われて
いる中で 珍しく文学的あるいは日常描写的な作品になっています。

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上の 「少年時代を偲び」 には、いくつか興味深い当時の情報があります。

旧校舎(ブラハムパーク公園の近くにあった)に在学当時の懐かしい思い出を!!」

・・・最初に出来たバギオ日本人学校の校舎は、バーンハム公園のすぐ横、
オーキダリウム(蘭などの植木鉢を売っている公園)の斜め前あたりにありました。

「同じ教室で八年間一緒に学び、一緒に遊んだ。」
・・・日本人学校は 8年制度であったようです。

「入学当時は生徒の半分以上は跣足(はだし)で通学した。 学校の規律が
やかましくなって靴を履くようになってからも、跣足の習慣がなかなかぬけず、
学校の行き帰りには腰に靴をぶらさげて歩いたものだ。」

・・・ しかし一方で、映画などを親と一緒に観に行く時などは、正装で行った
という話も聞いています。

三年生の頃までは日本語よりも土人語の方に通じて居たもので、
先生の居ない所では土人語で盛んにペチャクチャ喋ったものだ。
然し年と共に日本語が自由に話せる様になってからは、妙なもので、
土人語を使うと級友の者から軽蔑されるので、誰も土人語で話をする者は
居なくなった。」

・・・ 3年間の学校生活で、日本語の方が優勢になったようです。
学校での遊びは、 かくれんぼ、鬼ごっこ、フットボール、ベースボール、剣劇
などが書かれています。

「六年生の頃マニラへ修学旅行に行った時と、高等二年の時サンフェルナンドの
海岸へ卒業旅行に行った・・・」

「学校を出ると皆それぞれの違った境遇に置かれて、マニラへ行く者、
日本に帰る者、又はバギオに残る者、・・・・」

・・・・小学校6年間と 高等2年間の 合計8年間を過ごしたようです。
これは、尋常小学校6年間と高等小学校2年間の教育制度の時代のようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8B%E5%B8%B8%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1


     
「僕は学校を出ると直ぐにハイスクールに入学した。 然し家庭の事情の為
中途で退学してアンタモック金山へ職業を求めに行った。 其の会社の
支配人はアメリカ人だったが、唯僕が日本人であるという理由一つで、
直ぐに採用してくれた。」

・・・・ バギオ市の周辺にはいくつかの鉱山がありますが、この当時には
アメリカ人経営の鉱山で多くの日本人が働いていたようです。

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バギオ近況と私の所感
ここにも、多くの情報があります。

「四年前我等の母校は、新装なる校舎に移転された。 先生は日本人の先生が
六名、英語の先生として比島人の先生が二名都合八名である。
旧校舎から見ると遥かに大きくて児童の収容力も三百名位は十分であるときく・・・」

・・・1940年の4年前ですから、1935年頃に新校舎に移転したということになります。

「在留同胞は約一千名と思う。 その中これを職業別にすれば
大工さんを筆頭に、百姓、商人、製材業者の順に人数の上から見れば大別せられる。
大工職の人もその腕前並に給料から見ると比島人を遥かに凌駕して多くの人は
一部の監督級に置かれ給料は普通比人の倍額を給与されているときく。・・・・」

「比島各地に於ける支那人の勢力は津々浦々まで根深く入りこんでいて、
遥かに日本人の勢力以上にあるということだが、僕等の住むバギオは日本人
としての優越観
を十分感ぜられる。」

・・・ これに関しては、当時の小学生であった方からも同様の話を聞きました。
セッション通りなどでも日本人経営のお店が多かったとのことでした。



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上の作品 「工夫の力」 は 寺岡石志人氏の作となっています。
この方は 元日本国名誉総領事であった カルロス寺岡氏の兄上です。
しかし、この 寺岡石志人氏も戦時中に悲運な最期と遂げられています。

その詳しい事情は、マニラ新聞の下のリンクで掲載されています。

移民1世紀 第1部・1世の残像
第9回 ・ 比で生きる日本人兄妹
http://manila-shimbun.com/award130089.html


「父宗雄さんは米国人相手の建築業で成功したが、開戦直前の四一年八月に同市で病死。兄二人は戦中憲兵隊と比人ゲリラにそれぞれ殺され、母と弟二人は砲撃で命を落とした。戦争を生き抜いたのは、十四歳の兄と十一歳の妹だけだった。 」

「寺岡理事長は振り返る。「大島町に帰り、父の送金で建てられた立派な家にも住みました。今の日本人は『比は貧しい国』と言うが、当時の日本はすごく貧しかった。バギオでは靴をはいていたのに日本ではわら草履でした。私は日本の教育を受けていましたから、入籍されていれば日本にとどまったと思う。無国籍はつらいので、五二年に比へ戻ってきたのです。二十一歳でした」。妹も三年後の五五年「兄がいなければ私は生きていなかった。たった一人の家族で、生き別れになった後は寂しくてたまらなかった」と後を追った。 」

寺岡理事長とは カルロス寺岡氏のことで、バギオにある日系人会 北ルソン比日基金の理事長もされています。(現在は、北ルソン日本人会の相談役でもあります。)

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バギオ日本人学校同窓会の役員および会員の名簿
役員の皆さんは卒業生ですので、この当時は17歳から20代前半かと思われます。

会員名簿には、卒業後 昭和15年時点での進路、学校や就職先などが記載されています。
進学先としては セントルイス・ハイスクール、 シティー・ハイスクール、ツリニダード・アグリーコーチュア・スクール(現在のベンゲット州国立大学の前身の農業学校)、ホーリー・ファミリー・カレッジ、サントトマス大学医学部、日本本土では、鹿児島高等商業学校、東京美術学校、福岡八女工業学校、山梨県立都留高等女学校、広島市山中女学校、熊本県八代成美高等女学校、山梨高等女学校、神戸市灘高等小学校、東京市調布高等女学校などの名前が見えます。

就職先には、大日本陸軍兵器廠本部、バギオ市セッションバザー、神戸市丸吉商会、マニラ市マヨン印刷商、バギオ本願寺、満州国奉天市楠原店、バギオ市パインズ・グロセリ 等の名前が記載されています。

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以上、戦前のバギオ日本人学校の文集の一部をご紹介しました。

もし、この文集を研究などの目的でご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、
バギオ市にございます日系人団体 北ルソン比日基金(通称:ABONG)で大切に保管されていますので、直接同団体にお問い合わせください。

(尚、北ルソン日本人会のメンバーの方の場合は、代表が一部保管していますので、貸出可能です。)

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by janlbaguio | 2017-03-31 19:18 | History バギオの歴史

バギオ基金(日本のロータリー・クラブ)が北ルソン比日基金(アボン)を訪問

奨学金制度でフィリピンの子供たちを支援している バギオ基金(Baguio Scholarship Foundation)は、日本のロータリー・クラブの有志の皆さんが創設した団体ですが、この団体の皆さん50数名が 2017年2月10日・11日にバギオを訪問し、地元ロータリークラブや 日系人団体である北ルソン比日基金(アボン)の奨学生たちと交流しました。

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この北ルソン比日基金は シスター海野の尽力で創設された 日系人のための団体ですが、 この奨学金制度は、日系人の子弟に限らず、フィリピンの一般の子供たちにも手を差し伸べています。

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バギオ基金の訪問団は 毎年2月ごろにバギオを訪問し、今年は38回目の訪問となったそうです。

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バギオ周辺の日系人の歴史については、日本人移民100年記念として出版されたこの本に詳しくまとめられています。(ベンゲット移民として有名な歴史です。)
なお、情報によりますと、この本の日本語版の準備が進められているとのことです。

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地元山岳民族の衣裳で 出迎える奨学生の皆さん。

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訪問団の皆さまのご到着。

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会場は こちらの シスター海野記念ホール です。

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訪問団と奨学生の皆さんが 開会のお祈りをして 交流会が始まりました。


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バギオ基金から日系人会への 育英資金の贈呈。
今年度の奨学生は、ハイスクールが 60名、大学が 20名だとのことです。

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バギオ基金から ロータリー・クラブ・オブ・バギオへの 育英資金の贈呈。

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バギオ基金から ロータリー・クラブ・サマーキャピタル・オブ・バギオ への 贈呈。

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北ルソン比日基金 理事長 カルロス寺岡氏から バギオ基金への謝辞と
日本人移民、日系人の歴史や現状についてのスピーチがありました。

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バギオ基金から、日本に留学中の奨学生5名についての報告。

この後、奨学生との昼食会および家庭訪問が続きました。

また、この前夜にも、日系人団体(アボン)関係者、ロータリークラブ関係者と
奨学生たちとの懇親会も開催されました。

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なお、このバギオ基金は 昨年2016年に 創立35周年記念祝賀会を
東京で開催しました。
http://janl.exblog.jp/23215295/


    
以上、 バギオ市への訪問団についてのレポートでした。



   


    
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by janlbaguio | 2017-02-12 18:53

北ルソン比日基金(アボン)で シスター海野の27回忌ミサ


2016年12月31日、 フィリピン・ルソン島北部山岳地帯の日系人の母とも言える
シスター・テレジア海野の 27回忌のミサが執り行われました。

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このシスター海野の功績については、
こちらのサイトをご参照ください。
http://www.tokyo-shiba-rc.org/service/service03.html

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シスター・テレジア海野 記念会館 (通称:アボン・ホール)

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このホールは、北ルソン比日基金と北ルソン比日友好協会の創設者である
シスター海野を記念するものです。

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毎年12月31日に シスター海野を偲ぶミサが実施されています。

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今年は、北ルソン日本人会から3名が参加させていただきました。

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また、隣町からも青年海外協力隊の方など2名もいらっしゃいました。

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ミサの後、参加者全員が 献花し、お線香をあげました。

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戦中・戦後の苦難の道を歩んでこられた 日系二世の皆さんを始め、
日系三世、四世、五世に到るまでの皆さんがお参りをされました。


アボンの益々のご発展とご活躍をお祈りいたします。



    


     
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by janlbaguio | 2017-01-01 17:18 | Neighbers ご近所情報