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第二回勉強会 「バギオと日本人・日系人の歴史」がTALAで開催されました



第二回勉強会「バギオと日本人・日系人の歴史」が北ルソン日本人会と
TALAシェア&ゲストハウスの共催で 4月20日に開催されました。

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今回は、勉強会の資料を、TALAのスタッフのご厚意でハンドブックにしていただきました。

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前回の第一回勉強会は、パート1とパート2の二回に分けて開催しましたが、今回は一挙に5時間通しでの開催となりました。

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今回の参加者は、環境NGOのCGN、TALAのスタッフ、英語学校WALESのスタッフ、そして北ルソン日本人会のメンバー、総勢12名となりました。


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内容は、信長、秀吉、家康の戦国時代、倭寇の時代の日比交流、スペイン植民地時代からアメリカ植民地時代への転換期、1900年代初期の「からゆきさん」時代、バギオ市の都市開発時代、そして第二次世界大戦の悲惨な運命、さらにシスター海野の献身的日系人支援の活動まで、多岐に及びました。

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第一回と第二回の両方に参加した方のコメントによると、
同じ資料を使いながら、話の内容はかなり違った流れになっていた
とのことでした。

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最後は、日本人会メンバーからの差し入れのワインをいただきながら、話が発展しました。

今後は、勉強会参加者などに対して、「バギオ歴史探訪ツアー」などを企画して欲しいとの話もいただきました。

皆さま、長時間の勉強会、お疲れ様でした。

(photos by : WALES / JANL )




    













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by janlbaguio | 2018-04-21 15:08 | Activity 活動内容

勉強会「バギオと日本人・日系人の歴史」TALAゲストハウスで・・4月20日(金)に開催


以下はTALAさんからのご案内です:

予約の締め切りは4月17日(火)となっています。


バギオ市のシェア&ゲストハウスTALAを会場に、北ルソン日本人会(JANL)による「バギオと日本人・日系人の歴史についての勉強会」を行います。バギオにいるならばぜひ知っていてほしい日比関係史を、10冊の書籍を教材に日本人会代表がわかりやすく解説してくださります。とくにバギオと日本との関係については詳しくお話しくださる予定です。どなたでもご参加できます。ぜひ奮ってご参加ください。
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日時:4月20日(金)10時〜16時(昼食・休憩時間含む)
内容:バギオと日本人・日系人に関する歴史を10冊の本から学ぶ
    
会場:TALA Share & Guesthouse
http://www.tala-guesthouse.org/
参加費: 無料(ただし資料コピー代数十ペソ当日頂戴致します)
    
主催:北ルソン日本人会(JANL)/TALA Share & Guesthouse
お問い合わせ&ご予約:tala.guesthouse@gmail.com (担当:古城)
   参加ご希望の方は上記のメールアドレスに4月17日までに
   ご連絡ください。資料のご用意をいたします。

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by janlbaguio | 2018-04-14 18:44 | Activity 活動内容

勉強会 「バギオと日本人・日系人の歴史」 無事終了しました



3月25日に、北ルソン日本人会(JANL)主催の勉強会が開催され、
「バギオと日本人・日系人の歴史」について学びました。

この勉強会は、JANLメンバーの特に新入会員や、英語留学などで
バギオに滞在されている皆様に バギオ市と日本人・日系人の
ユニークな歴史的な繋がりについて理解を深めていただこうと企画されたものです。

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準備された資料は9冊の本と某講演会での聞き取り情報。

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ご参加いただいたのは、特別ゲストの古屋氏。
古屋氏は横浜在住の写真家で、戦前のバギオ市で生まれバギオ日本人学校の小学生だった方です。
戦前・戦中・戦後の貴重なお話も伺いました。
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英語学校マネジャーと留学生が11名。
熊本から戦没者慰霊目的と英語留学でバギオ滞在中の僧侶の方。
そして、北ルソン日本人会のメンバー6名、計19名での勉強会となりました。

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参加者の皆さんは、20ページ以上の資料に目を通しながら、真剣な顔で話に
聞き入り、熱心にメモを取られていました。

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各資料の簡単な紹介の後、City of Pines, Japanese Pioneers, 「バギオの虹」
の上記3冊の本の内容について、北ルソン日本人会の代表が内容の詳しい解説
を行いました。


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解説は北ルソン日本人会の代表が行いました。
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会場内のテーブルには、バギオの歴史に関連する様々な書籍や戦前のバギオの
写真が並べられ、参加者の皆さんは興味深い様子でご覧になっていました。


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資料が多いため、今回は3冊の書籍のみについての解説となりましたが、
今後も希望者の方がいらっしゃる場合には 勉強会パート2を開きたいと
考えております。


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勉強会終了後は、JANLメンバーと英語学校関係者の皆さんとの反省会・懇親会が開かれました。

=======

その後、希望者がいらしゃいましたので、3月31日(土)に
同じ会場で 勉強会パート2が開催されました。

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主催者側を含め 11名のご参加をいただきました。

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今回の特別ゲストは、ハイスクール時代から大学までバギオ市の学校で学び、
その後もフィリピンで活躍中の、北ルソン日本人会の副代表にお願いしました。

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なかなか学ぶ機会のない、フィリピンと日本、バギオと日本人の関係史について、
パート2では、16世紀の倭寇の時代にまで遡って勉強しました。

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そして、お決まりの反省会・懇親会。

英語学校 WALES, JIC, MONOL, A&J, PINES, BRIGHT の関係者の皆さま、
そして英語留学中の皆さま。 さらに、会社経営の方や
JANLのメンバーの皆さま。有難うございました。

今後も、外部からのリクエストに応じて、随時開催する心づもりでおります。


皆様のご協力に感謝を申し上げます。

(photo by : Tajima@A&J and JANL)









  


   

























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by janlbaguio | 2018-03-26 11:38 | Activity 活動内容

フィリピン・バギオに住むなら知っておきたいこと - 日系人とシスター海野

バギオ市に滞在するのであれば、是非とも知っておきたいこと。

それがシスター海野と日系人の話です。


ここでは、2018年3月25日に開かれる勉強会で使われる資料の一部をご紹介します。



「バギオの虹 - シスター海野とフィリピン日系人の100年」

鴨野守著 2003年初版

..

第三章「神の使い」シスター海野

..

1972年1月19日。 六十歳の定年を迎えたシスター海野は修道会の許可を

得て、マニラの地に降り立った。 三か月近く、ケソン州で身体

障害者の世話をしてすごしたのだが、マニラの灼熱は酢スター海野

の体にこたえた。避暑地として有名なバギオ市で、しばらく静養

してはどうかと周囲は勧めた。

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ベンゲット道路を走るバスの車中で、シスター海野は見知らぬ人から、

「あなたは日本の方ですか。 この道路は、かつて日本人労働者

が出稼ぎに来て、尊い犠牲を払いながら建設したものですよ」と

話しかけられたという。

・・・「その日本人の子孫は今、どうしているのだろうか」と

いう疑問を持つ。

..

シスター海野はこんな言葉を残している。

「ここ(フィリピン)に来る前に、戦争の残した傷のことは知

っていました。だから、この国に来ました。物質のためだけではな

くて、心のために来ました」と。


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「或日私の小さいラジオが悪くなったので一つの小さな店に入

って聞いた。その人は、カタリを照介してくれた。・・・・」

私は、シスター海野と最初に会った日系人、大久保さだえ(カタ

リナ・プーカイ)をバギオ市内の自宅に訪ねた。 さだえは、

小学校の教師をして戦後を過ごした。

..

父大久保登は1894年、広島県に生まれた。三十二歳の時に来比。

・・・七人の子をもうけた。全員が戦前に生まれたが、幸い誰も

戦争で亡くなることはなかった。父が家の近くに造った防空壕が、

彼らの命を守った。バギオ日本人学校の三年生まで通っていた

さだえには、バギオに残っている日系人だけで約三十人ほどの見当

はついていた。

..

・・・さだえが最初にシスターに引き合わせたのが、オセオ浜田

だった。オセオ浜田もまた戦後、日系人であることを隠さずに生

きていた例外的な存在だった。 戦後すぐに印刷所を経営し、

週刊の新聞も発行していた。彼が迫害を受けなかった一つの要因は、

結婚した女性が地元で影響力のある家系であったということが大きい。


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シスター海野のもとに集まった日系人は二十八人。 

・・・二か月後の会合には百二十五家族が参加。 五年後には

約一千人日系人がシスターの手で探し出されたのであった。

1973年6月2日、再び日系人がバラバラにならないよう

にと組織化されたのが、「北ルソン比日友交協会」である。

初代会長にオセオが就任した。

..

二世は口々に、自分は父親から「正直でありなさい」とよく

言われましたと答えた。 そして、父がしばしば口にした言葉

「誠実」「勤勉」だったという。

..

「・・・どういう援助をしてほしいですか」

二世らの発言はシスターの予想を見事に裏切った。

「シスター、私たちは貧しさには慣れています。私たちのこと

は心配しないでください。 しかし、私たちはたくさんの子ども

を持っております。貧しさから抜け出すために子どもたちに教育

を授けてください

..

シスター海野が、バギオの日系人たちに約束した奨学金制度は、

その後見事に開花し、今日なお多くの善意が日本から送られて

継続されているが、その発端はシスター海野の遺骨収集にある

..



「この方々の生活状態、戦前、戦後、戦時中に起こった事等

云い知れぬ苦しみ貧しさを知り強く生き抜いてきた事、日系

たるがゆえに不利な立場に置かれた事、各家庭の悲しい歴史等を

聞いて歩いて私の感じたのは、終戦を迎えたが、戦後の片付けは

終わっていない

..

「本当に道のないところではシスターを引っ張ったり、高い所

へはシスターのお尻を押して上りました。・・・」・・・一緒に

遺骨収集に同行した東地初子は・・・・懐かしそうに当時を語った。

..

骨がバラバラに散乱しているのを見るのが辛かったですね。

これを日本に戻してやりたい、その一心でした。好きで兵隊

さんになったわけでもない人もいれば、この地で餓死したり、

病死された方も多いことでしょう。それをそのまま、野ざらしに

して置いたのではあまりにも亡くなられた方が惨めです」


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病院の跡地と思われる場所では、たくさんの遺骨がびっしりと

重ね合わさって発見された。 そこが、遺体の安置された場所

だったのだろう。時には靴やボタン、メダルの着いた軍服が発見

された。名前の刻まれた服が日本の遺族の手に届けられたこともある。

..

元軍人たちにとって、亡き戦友の遺骨を探し、弔ってくれることほど

ありがたいことはないのだ。

そのお礼に何かをしたい、と申し出があれば、シスター海野は

日系人たちの戦後の窮状を語り、その子らへの教育支援を要望した。

こうして1974年、4人の大学生が初めて奨学金を受けること

ができた。

...

農協づくりの目的を「貧しい農民を援助するには、彼らに組織が必要であり、

彼らに助け合うことの大切さ、自立心を植え付けたい」との考え

からだと説明している。

..

時を同じくして進められたのが、農業の基盤整備だった。つまり

農作物を運ぶ農道の整備、灌漑用のため池の設置、飲料水用井戸、

洪水対策などである。

..

正式調印の話を病床のシスターに報告すると、シスターは

「早く工事が完成し、皆が喜ぶ顔が見たいです。これが完成する

まで私はしねません」と話した。

だが、シスター海野は工事の完成を見ることなく1989年の12月31日、

永遠の眠りにつく

..

..

1983年2月20日。 ベンゲット道路建設のために日本人が出稼ぎに来て

から80周年を祝う式典が行われた。

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同じくこの日はバギオの日本人墓地の一角に建てられた納骨堂の

落成式が行われた。 納骨堂には、戦前戦中にバギオで亡くなった

日本人の名前刻まれている。

..

1986年11月には、日比親善友交会館・アボンが開設した。

・・・かつて修道院だったこの施設はその後増築し、日本から

訪問した人たちが宿泊できる施設も備えている。

1989年11月18日。 シスター海野がオセオ浜田らと日本の関係者の

支援を得て強力に推し進めてきたベンゲット道路展望台

(ビューポイント)落成式が行われた。


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「これが最後の仕事になるかもしれない」と周囲にもらして

いたベンゲット道路ビューポイントの完成を見届けてから40日

後、1989年12月31日午後10時50分頃、シスター海野

は永遠の眠りにつく。

...

生前、「第二の人生を喜びに満ちたものにしてくれたフィリピン

が大好きです。フィリピンの土になりたい」と語っていたシスター

海野のお墓は、日本人墓地の納骨堂の向かいにひっそりと立っている。


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filipino japanese foundation of northern luzon inc. baguio city, philippines
filipino japanese friendship association of northern luzon
a book about sister Unno
abong






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by janlbaguio | 2018-03-21 23:41 | History バギオの歴史

3月25日(日)「バギオと日本人・日系人の歴史」の勉強会を開催します


北ルソン日本人会主催の勉強会についてのご案内です。

以下のような勉強会・セミナーを開きます。
ご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたらどなたでも是非ご参加下さい。

勉強会・セミナー・タイトル:「バギオと日本人・日系人の歴史」
  
趣旨:  バギオと日本人・日系人に関する歴史を3冊の本から学ぶ

- City of Pines - The Origins of Baguio
    as a Colonial Hill Station and Regional Capital
(「松の都市 ― 植民地の高原避暑地及び地域の
        主要都市としてのバギオの起源」)
   著者: Robert R. Reed

- JapanesePioneers in the Northern Philippine Highlands

 ( 北部フィリピン高原に於ける日本人開拓者たち)

  著者: パトリシア O. アファブレ ほか


- 「バギオの虹-シスター海野とフィリピン日系人の100年」

  鴨野守著 2003年初版


日時:  3月25日(日) 2pm-4pm

会場:  アボン会館・シスター海野記念ホール(日系人会館)
     (レガルダ・ロードのプリンス・プラザ・ホテルとパレス・ホテルの
      前の路地を入り、徒歩1分、Vホテルの前)

対象:  JANLのメンバー及び英語学校関係者、留学生など一般の方
     (バギオのことを基礎知識として知りたい方向けの内容です。)
     
ファシリテーター: 北ルソン日本人会の代表が
          3冊の本や見聞きしたことを含めてお話します。

参加費: 無料
   
懇親会: 勉強会終了後 徒歩圏にある居酒屋で懇親会を致します。
     (参加自由、お一人200ペソ見当)
   
以上、お友達をお誘いの上 ご参加ください。
ご案内まで。

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by janlbaguio | 2018-03-19 10:47 | Activity 活動内容

ある日系二世と山下奉文大将 - 河崎明彦著「或る英雄」


知人からお借りした本をご紹介します。

河崎明彦著「或る英雄」の副題は

「日本軍に見捨てられた日系二世」とあります。

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この著者の略歴は下に写真で掲載することにしますが、

1938年から1942年まで兵役を務め、本文には次のような

記載があります。

・・・・

「私と馬の付き合いは、昭和十四年(1939)の新春があと十日

という忙しいときに入隊、機関銃隊に配属されたからである・・・」

「四月、我々初年兵も一通りの戦闘訓練は終了、北支・山西省・

聞喜県に駐留する派遣軍に追及した。」

・・・とありますので、大戦中にフィリピンでの戦争経験が

ある方ではないようです。

・・・・

この本はプロの文筆家が書いたものではなく、自分史として

書かれているものですので、個人的な内容がほとんどで、

過去にバギオ周辺の歴史などを様々な資料で読んだものに

照らしてみると、書いてある内容がやや異なっている部分が

あるのですが、ここにこの本を敢えて紹介するのは、バギオ市

の日系二世の悲惨な人生を取り上げてあるからです。

それは、この本の著者がマニラのキリスト教会・フランシスコ

修道院との交流があって、そこを通じての日系人との接触が

契機になったようです。

・・・

ここには二人の日系二世の戦中・戦後のことが書かれています。

ひとりは「スパイの娘」とされた テレシータ・グスマン

(日本名 椿タツ子)で、タツ子の父は1909年に

フィリピンに渡り北部ルソンのバヨンボンに住んでいた。

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もう一人は、バギオ生まれの日系二世である東地琢磨。

彼は軍属の通訳としてバヨンボンの憲兵隊に配属され、

後に山下奉文大将の通訳となっています。

・・・・

バヨンボンという町は穀倉地帯であり、一時期には

マニラなどからの邦人避難民が農作物をつくり、

日本軍への食糧供給基地としても機能していたようで、

バギオ市の北にあるハルセマ・ハイウエイの21キロ地点

から「山下道」と呼ばれる山岳道路でつなぐ計画でした。

・・・・

椿の家の生活は「裕福で七人の子女に恵まれ平和な家庭を

営んでいた。タツ子もミッション・スクールを卒業し

美しく成長していた」とあります。

・・・

しかし、「ある夜、顔見知りの現地人に父は呼び出された。

父は何の疑いもなくすぐ帰ると言って出かけたまま、

その夜は帰宅しなかった。 翌朝父は惨殺死体で発見された」

これは抗日ゲリラによるものと思われますが、

戦時中の日系人の立場は微妙なもので、フィリピン人の中

でも、米軍寄りと日本軍寄りのグループがあって

フィリピン人同士での憎しみにも繋がった事例があります。

・・・・

「・・・やむなくタツ子は幼い弟妹を連れて人目を避ける

ように山中徘徊がはじまった。」

「東地琢磨はこんな子供達に同情し夜陰に紛れて衣食を

運んでくれるようになった。」

..

・・・・その後、琢磨とも音信不通になるのですが、

その琢磨の方にはさらに悲惨な運命が待っていました。

フィリピンでの戦犯処刑の立会人だったとされる日本人の

方の手紙の文面が紹介してあります。

・・・

「1946年(昭和21)2月23日午前3時、山下大将

(第十四方面軍司令官陸軍大将山下奉文)の処刑が始まり、

三人目の方が東地琢磨さんでした。 私は山下大将の処刑に

立ち合ったのですが、東地さんは、カトリックの信者なので

米軍の従軍牧師が立ち合いました。 刑場の模様、絞首刑の

方法がどんなものであったかはお話できます、無論遺族の

方々にお話しできるようなことではありません」


・・・

では、ここで 東地琢磨さんのことが書いてある部分を

引用します:

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「東地琢磨の故郷バギオは1945年(昭和20)4月23日

陥落した。 それよりさき、戦況を危惧した琢磨は、日系住民

に対し避難を勧めて歩いた。」

「6月に入って第十四方面軍司令部は、アシン川付近の

山岳地帯に集結、複廓陣地を構築し各兵団ごとに自活自戦

を命じ永久抗戦に入った。」

・・・・

「銃火器、弾薬、食糧の尽きた状態は戦うこと自体すでに

限界だった。山岳地帯に辛うじて辿り着いた数万の将兵と

一般邦人の老幼男女はいずれも栄養失調による疫病に罹り

風土病に冒され、つぎつぎ斃れていった。」

・・・

「一方前線では軍司令部左正面陣地を確保する警戦隊

第三大隊に琢磨はいた。・・・・琢磨はバギオ陥落の際、

任務を解いてもらいたかったが上官から「日本軍の敵に

なるのか」といわれ、辞めると殺されると思った。

と後の裁判中に証言をしている。」

・・・

「8月31日、山下大将は副官を帯同して降伏調印の

ため山を下りていった。」

「連合軍法廷は重要戦犯容疑者を指名して来た。

比島憲兵隊バヨンボン分隊通訳、軍属東地琢磨はその内

の一人として指名された。」

・・・

「東地琢磨は1923年(大正12)2月、ルソン島

ほぼ中央にあるバギオ市で、日本人を父、フィリピン人を

母として生まれた。 バギオの日本人小学校を卒業後、

カトリック私立校セントルイス校を働きながら勉学、卒業した。」

...

「憲兵隊での彼は、語学の優秀さを認められ、バヨンボン分駐所

が設立されるや軍通訳としてバギオ分隊から転出していった。

彼の悲運のスタートである。琢磨十九歳の6月だった。」

・・・

「ある日、米比軍ゲリラ三人を捕らえた。 ・・・当然処刑

という問題が生じたが彼は三人の助命を願い、その条件として

彼らを逆スパイとして使うことを具申・・・・」

・・・

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「たった一枚の遺書は父の手に渡った、2月20日付けの

トイレットペーパーに託されている。「大親分(山下大将)

と親分(太田大佐)を案内して行くから自分は満足であるが、

テレシータ(椿タツ子)の行く末が心残りである」

琢磨の遺書は父の手により、彼が見ることのなかった日本の

故郷の墓所に納められた。」

・・・

「バヨンボン分駐所で起訴されたのは二名のみである。

即ち松田分隊長と東地である。 ・・・・(松田分隊長は

無罪の宣告を受け帰国した)。」

・・・

「なぜ? 東地は黙して語らなかった。それは自分に不利に

なることを承知で、彼らを戦犯にしてはならない、故郷へ

帰さねばならなかったからである。 ・・・・

マニラ法廷で東地は松田分隊長と逢ったとき、「隊員の名前は

一切出していません、ご安心下さい」との証言を分隊長に

告げている。」

・・・

・・・

=== 合掌 ===

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by janlbaguio | 2018-03-10 02:29 | History バギオの歴史

2018 バギオ市で「書初め大会」 北ルソン比日基金(日系人会)と北ルソン日本人会が共催



新春恒例の「書初め大会」がバギオ市にある日系人会館(アボン)を会場として開催されました。


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この書初め大会は毎年 日系人団体である北ルソン比日基金(アボン)と北ルソン日本人会(JANL)の共催で実施され、バギオ市内にある英語学校に留学中の日本人の若者たちのご協力をお願いしています。

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只今打ち合わせ中。
今年は 国際交流基金の日本語パートナーズとしてパンガシナン州のハイスクールで活動されているお二人にメイン・インストラクターをお願いし、アシスタントとして英語留学中の皆さんにご参加いただきました。

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北ルソン比日基金(アボン)の事務局長のご挨拶。
JANLの副代表が司会進行を務めました。

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素晴らしいパワーポイントでのプレゼンテーションが始まりました。






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全体の指導は日本語パートナーズの下村さん。

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そして、同じく日本語パートナーズの利岡さんにお願いしました。

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まずは、新聞紙を使っての練習です。
それぞれのテーブルに一人のアシスタントの皆さんで指導をしていただきました。

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あちこちで明るい笑い声が聞こえていました。

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アシスタントの英語留学生の説明に真剣に耳を傾けて・・・・・・


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アシスタントの一筆一筆に習いながら 下書きを練習。

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アニメ・ファンの女の子は 日本のアニメ映画のタイトルの練習です。


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参加者が書きたい文字は・・・・・いろいろあります。





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そして・・・・いよいよ白い半紙に清書をします。


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清書はやっぱり緊張の一瞬。
自分の名前も忘れずに・・・・・

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午前中の第一部と午後の第二部の二回実施された 今年の書初め大会にはおよそ60名の皆さんが参加しました。


 
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そして、半紙5枚に清書したものの中から 2枚を台紙に貼り付け、最終作品としました。
1枚はアボン会館での展示用。 もう一枚はそれぞれの家庭に持ち帰っていただきました。


 
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午前の部に参加した皆さんです。
いずれも力作揃いの作品になりました。

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こちらは 午後の部の参加者による作品です。
日本のアニメは大人気です。

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そして、「蛍の光」とともに、参加者の皆さんが 指導してくださった先生たちのトンネルをくぐって家路につきました。


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最後はお決まりの「打ち上げ会」「懇親会」でお開きとなりました。

国際交流基金・日本語パートナーズ、英語学校 WALES, MONOL, TALK の皆様のお力を頂きました。
皆々様のご協力に心より感謝申し上げます。

楽しい時間を一緒に過ごさせて頂き有難うございました。



   

  


  


 



  























































































































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by janlbaguio | 2018-01-14 13:09 | Activity 活動内容

2017 バギオ市の大晦日は 日系人の母 シスター海野の28回忌法要 


12月31日は 日系人の母 シスター・テレジア海野(=海野常世さん)の命日です。

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毎年 大晦日には バギオ市周辺の日系人の皆さんが シスター海野を偲ぶ 大切な日になっています。

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シスター海野は、上記にあるとおり、戦後様々な苦難を強いられていた ルソン島北部山岳地帯に隠れ住む日系人を尋ね歩き、1972年に 日系人の皆さんが集う 北ルソン比日友交協会(Filipino-Japanese Friendship Association of Northern Luzon, Inc.) を設立し、日系人の皆さんの声に耳を傾けられました。
(「友好協会」ではなく、「友交協会」が正しい表記になっています。)


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そして、その後 1987年には 日本の様々な団体・個人の協力を得て、 北ルソン比日基金(Filipino-Japanese Foundation of Northern Luzon, Inc.)を創設し、特に日系人子弟への教育支援などを重点的に実施されています。


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この北部ルソン島における日本人移民の歴史は 1903年ー1905年の ケノン・ロード(当時はベンゲット道)の建設工事に始まりました。
そして、道路の完成の後には 高原都市バギオの建設に大きな力を発揮することになりました。

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シスター海野は その功績により、昭和五十九年に 勲六等宝冠章を授与されました。


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現在の北ルソン比日基金の理事長であるカルロス寺岡氏は 2016年の天皇皇后両陛下のフィリピン訪問に際し、皇太子・皇太子妃時代のバギオ市訪問以来のフィリピン訪問を心から歓迎し、親しくお話をされました。

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シスター海野の活動は、戦没者の遺骨収集にも及び、現在でも遺族会などによる慰霊の式典が開かれています。

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毎年7月から8月にかけて開催されている「日比友好月間」には、慰霊祭とともに、様々な文化交流活動が実施されています。

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2017年に実施された文化交流活動の中では、国際エンゼル協会などによる「着物ショー」が特筆すべきものとなりました。

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また、バギオ基金(Baguio Scholarship Foundation)は、日本のロータリークラブの有志によって組織された団体で、毎年奨学生との交流が継続され、2016年には35周年の式典が東京で開催されました。

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では、2017年12月31日に シスター海野記念会館で開催された 28回忌法要の様子をご覧ください。

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会場いっぱいの日系人会メンバーや奨学生たちが お祈りを捧げます。

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「シスター海野をいつまでも忘れない・・・」


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4つのキャンドルに ひとつひとつの祈りを込めて 点灯式が続きます。

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そして、 シスター海野への感謝が述べられました。

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続いて お花とお線香を捧げます。

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日系二世の皆さんに続き、三世、四世、そして奨学生の若い皆さんが続きました。


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副理事長ロカノ氏の挨拶。

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最後は アメージング・グレースの歌を全員で歌いました。

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北ルソン日本人会からは 代表と副代表の二名が参加させていただきました。

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アボンの理事の皆様、スタッフの皆様、メンバーの皆様、
今年は大変お世話になりました。

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来年も どうぞ 宜しくお願い申し上げます。

皆々様、 良いお年をお迎え下さい。


北ルソン日本人会一同


    


   




  














































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by janlbaguio | 2017-12-31 18:07 | Neighbers ご近所情報

JANL相談役 カルロス寺岡様 87歳の誕生日をお祝い



元日本国名誉総領事、北ルソン比日基金(アボン)の理事長であり、北ルソン
日本人会の相談役もお引き受けいただいている カルロス寺岡様の 87歳の
誕生日をお祝いするため、パンガシナン州カバルヤンの 寺岡農場にお邪魔
してきました。

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パンガシナン州とターラック州の州境にある寺岡ファームへの入口です。

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その広大な敷地には マンゴーの森、農場、養鶏場、そして有機農法の研修施設などがありました。


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マンゴーの森には 5千本の木があるそうです。


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1992年から開拓された敷地内には、軽飛行機用の滑走路まであります。
寺岡様は 63歳ごろにパイロットの免許を取り、およそ10年ほど自分で
軽飛行機やヘリコプターを操縦されたのだそうです。
(この写真は 今や「マウント・テラオカ/寺岡山」と呼ばれる山から撮影されたものです。)


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ご自宅の横には 立派なプールも。


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・・・さて、いよいよ 誕生日のパーティーが始まりました。
北ルソン日本人会からは 2名が参加させていただきました。

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一番のプレゼントは 奥様からの キッス。。。。


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87という数字が ケーキの上にありました。

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日本料理は ご家族の手作りです。

 
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フィリピン料理の代表は 豚さんの頭・・・・でしょうか。

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3年前から ご家族で 有機農法での野菜などの栽培をされています。

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バギオなどの高原でしか栽培できないと思っていた レタスが この低地で
栽培されマニラなどへ送られているとのことでした。

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今は、その有機栽培や農家の経営などについて セミナーなどを開催しているそうです。

益々のご活躍を期待しております。



   

  




 

















 



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by janlbaguio | 2017-12-27 12:45 | Neighbers ご近所情報

バギオ市で 「着物ショー」と「ファッション・ショー」を開催 : 日系人団体アボンの設立記念イベント


2017年9月9日に バギオ・カントリー・クラブの大広間で 国際エンゼル協会とバギオの日系人団体アボン(北ルソン比日基金及び北ルソン比日友交協会)の主催で 「着物ショー」と「ファッション・ショー」が大々的に開催されました。

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この祝賀イベントは 通称アボンと呼ばれる北ルソン比日友交協会の設立45周年及び北ルソン比日基金の設立30周年を記念して 日本の国際エンゼル協会が主導し 日系人団体アボンの奨学生たちがモデルを務めて実施されました。

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プログラムの第一部は 「日本の伝統的着物ショー」
第二部ではFAB(The Fashion Avant-garde of Baguio )が
フィリピン人ファッション・デザイナーの斬新な発想によって
日本のイメージを表現しました。


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まず最初は「振袖」のショー。

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ハイスクール生や大学生たちは 歩き方の指導を受けて 素晴らしい演技を披露しました。

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・・・・そして次は・・・ 「着付け」の実演。

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着物の美しさもさることながら ここでは 帯の締め方が 最大の見せどころ・・・・

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長さ4メートル・・幅30センチという解説がありました。

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アナウンスでは 「日本人であっても 一人でこれを着ることが出来る人は少ない。」との説明もありました。

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着付け終了。 国際エンゼル協会の皆様は世界各地で着物ショーを実施しているのだそうです。


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振袖でのショーは 絵日傘の踊り。

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さて・・・次のショーは・・・・「浴衣」です。

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浴衣での踊りは 「花笠音頭」。


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そして次は 子供たちの登場です。

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子供たちの健やかな成長を祈る「七五三」のお祝いの行事を紹介。

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千歳飴をそれぞれに携えて 晴れの姿のデモンストレーション。


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ちょっと一息の 「二人羽織」。。。会場に笑い声が響きました。


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着物ショーの締めは 高知の「よさこい」・・・鳴子のリズムに心が踊ります。

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第一部のフィナーレ。

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豪華で華麗な着物の魅力を改めて感じるショーとなりました。

・・・さて 短い休憩の後 第二部が始まりました・・・・
FAB(The Fashion Avant-garde of Baguio )のモデルによる本格的なファッション・ショー。
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「ファッション・アバンギャルド・バギオ」ということですので
「前衛的」なファッション・デザイナーのグループです。

すべてフィリピン人のファッション・デザイナーによるもので
テーマとしては 「日本をイメージしたフュージョン(融合)」だとのことでした。

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このデザインには 日本人の皆さんは驚いたようです。
フィリピンの人たちが抱いている日本のイメージには
このような強いイメージもあるようです。

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このデザイナーは「忍者」をテーマにしたようです。

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これは 国籍不明な東南アジア・テイストです。
日本のイメージはほとんどありませんが・・・

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このデザイナーは モデルの背中に 「平和」や「信仰」などの漢字を
プリントしていました。 基調は 赤と白の日の丸。

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このデザイナーの作品は そのまま街を歩いても安心できるデザインですね。
これが日本のイメージだとすると なかなかいい感じです。

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これは 日本人的な感覚でみると
日本というよりも中国風に見えます。

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このデザインは スペイン風のフィリピンの伝統に 若干日本の感じが
融合しているということでしょうか・・・

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こちらは 日本というより ヨーロッパでしょうか・・・??
小物とアクセサリーがちょっと日本味ですか?

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9人のファッション・デザイナーが勢揃い。
フィリピンの人たちの日本に対するイメージを垣間見る
絶好の機会となりました。


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そして 出演者全員によるフィナーレへ・・・・

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観客にも鳴子が配られ 会場が 「よさこい」のリズムに包まれました。


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そして・・・「世界にひとつだけの花」を みんなで合唱。

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出演者と会場の皆さんがいっしょに・・・・

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ファッション・モデルの皆さんも会場に・・・・


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感動的な「着物ショー」をバギオ市で開催していただき 関係者の皆様に御礼を申し上げます。


翌日9月10日。
日系人会館であるアボンに於いて北ルソン比日友交協会の45周年 北ルソン比日基金の30周年の記念式典が開催されました。

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(photo by : Mr. Rey Dacones)
日本大使館より加納公使が参列され祝辞を述べられました。

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(photo by : Mr. Rey Dacones)
カルロス寺岡理事長から公使へ謝意が示されました。


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(photo by : Mr. Harashima)

素晴らしい「着物ショー」を主導しモデルとなった奨学生たちを指導された 
国際エンゼル協会の皆様へ感謝状が贈られました。

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(photo by : Mr. Harashima)

ルソン島北部における日系人コミュニティーや地元の若者たちを
奨学金を通じて支援されている
日本の皆様とアボンの理事・スタッフの皆様。
皆々様のご健康と益々のご活躍を祈念申し上げます。


/////////////////

FABのファッション・ショーでのスナップ写真が 個人のサイトでもっとご覧になれます。
「アヴァンギャルドな日本のイメージをフュージョンした ファッション・ショー ??」
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/09/post-e50a.html

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by janlbaguio | 2017-09-10 18:24 | Neighbers ご近所情報